「三喜(みき)の心で」 ~「岡山・生と死を考える会定例会での講演要旨~

平成22年4月号掲載

 身近な人を亡くした方へのいたわりや、ターミナルケア(終末期介護)及びそのための施設ホスピスでのボランティア体験の分かち合いを目的に活動している「岡山・生と死を考える会」の定例会で、先月「三喜の心で」と題して講演する機会をいただきました。
 「三喜の心」とは、黒住教教祖黒住宗忠神が詠(よ)んだ「有り難きまた面白き嬉(うれ)しきとみきをそのうぞ誠なりけれ」という短歌に示された感謝と陽気、そして前向きな心です。黒住教の教えを端的に表したこの短歌が詠まれた時の逸話(いつわ)が伝えられています。
 江戸時代の宗忠在世中のこと。某家での神事が始まろうとする時、お宅の夫人が気まずそうに「御神前にお供えしている御神酒(おみき)は、昨晩主人が飲み残した燗冷(かんざ)ましで、つい不注意で供えてしまいましたが、すぐに新しいお酒を求めて来ますので、しばらくお待ち下さい」と申し出たことを受けて、「それでは、おみきは私がそなえましょう」と言った宗忠が、その場で詠んだものが「みき(三喜)の歌」です。「有り難き」「面白き」「嬉しき」の三つの「き」を「御神酒」に掛けて、その上「そのう(そなえる)」を「供える」と「備える」に掛け、御神前に供えるとともに自らに備え持つ「“みき”の心が誠の心」であると、ユーモアの中に教えを詠み、後に「わが国の信心のこころをよめる」と副題を付けて広く人々に教示しました。この短歌の英訳を試みた際、三つの「き」がどうしても英語にならず困ったものですが、親しい米国人学者から「心の扉を開く三つの“キー(鍵)”として学ばせてもらった」と絶妙のヒントを得て、閉ざされがちな心を開く鍵(キー)としての「三喜の心」を再学習することができました。
 日頃から大切にしたい「三喜の心」は、病み、悩み、苦しむ時、あえて申せば死に直面した時でさえも失ってはならない心情だと信じます。無責任に無神経なことを言っているのではありません。絶望と悲嘆の淵(ふち)に沈む方に、できるだけ同じ目線で、寄り添って、温かく優しく接するのが大切であることは言うまでもありませんが、少しでも笑顔を取り戻してもらえるように、ほんの些細(ささい)なことでも有り難いことを探し出して、暗闇(くらやみ)の中に一筋の光が差し込むことを願い祈って精いっぱいの誠を尽くす者でありたいと思っているのです。
 私たち黒住教では、毎朝の日の出を拝む日拝を最も大切な祈りとして重んじています。東の空に昇る朝日に顕(あらわ)れる天地自然の親神に報恩の誠を捧(ささ)げて、世界大和(たいわ)と万民(ばんみん)和楽を祈念します。同じ太陽ですが一日として同じ日の出はなく、今日(きょう)という日が今誕生したと感じられる、実に新鮮な感謝と感動の毎日です。その至福の時は、自分が自然の一部であることと大いなるはたらきの中で生かされて生きていることを、理屈抜きで実感できるひとときです。気が付くと、下腹のどこか深いところから熱いものがぐんぐん漲(みなぎ)ってきて、生きる力、活力が湧(わ)いてきます。
 この毎朝の日拝の時、私たち黒住教教師は、闘病中の信者さんの顔を思い浮かべながら、彼ら彼女らの絶望と悲嘆の闇夜が明けて感謝と希望の日の出を迎えられることを願い、祈りを捧げます。参拝できる方には、一緒に日拝をつとめて朝の陽光に包まれて祈る感動を体験してもらいます。今までに、数多くの方が尊い“おかげ”を受けています。奇跡的な“おかげ”を受けて病を克服して本復した方も多くいらっしゃいますが、奇跡だけが“おかげ”ではありません。たとえ深刻な病状が好転することはなくても、心の状態が180度変化して、最後の最後まで自分自身の人生を前向きに、そして感謝して笑顔で、すなわち「三喜の心で」生き切った方を私は数多く知っています。
 今も、末期の膵臓癌(すいぞうがん)で余命数カ月と宣告されながら、連日の日拝を続けて4年目になる婦人と祈りの日々を送っています。日拝を通して深められた信心と、教えの実践による心境の変化を参拝者に語ってくれる彼女は、今や立派な黒住教教師です。話を聞いて感激した人々が彼女の病気平癒を心から祈る姿に、彼女自身が感激して感謝の祈りを捧げるという「三喜の心」の相乗効果がもたらしている奇跡なのかもしれません。
 「三喜の心で」生きる人が増えることを願いながら、お話を終えさせていただきます。