第2回HOPE(ホープ)ミーティングでの吉備楽演奏

平成22年11月号掲載

 グローバル化が進み、あらゆる分野で学問の細分化(専門化・特殊化)が加速している今日(こんにち)、「このような時代こそ、科学者には、研究活動に際しての幅広い視野とひとりの人間としての感性の涵養(かんよう)が求められている」として、去る9月28日から3日間にわたり、「第2回H O P E(ホープ)ミーティング」という科学者の研修会が神奈川県箱根町で開かれました。将来のアジア太平洋地域の科学技術を担う優秀な若手研究者が“人間力”を養い、新しい時代を切り拓(ひら)くリーダーとして育つようにと期待(HOPE)された、日本をはじめ、中国、韓国、オーストラリアなど14の国・地域から選ばれた大学院生百余名が、国内外のノーベル賞受賞者から合宿形式で直接指導を受けるという、日本学術振興会主催による公(おおやけ)の行事でした。
 実は、研修の一環として「日本の伝統文化の鑑賞」があり、歓迎レセプションで吉備楽の演奏を主催者から依頼されていましたので、小野盛孝楽長をはじめとする奏楽寮楽人一行と私は会合初日の9月28日に箱根を訪れました。
 そもそも、本教の教楽である吉備楽が国の進める国際的な人材育成プログラムに出演することになったのは、会合の組織委員の一人が私の友人だったからです。現在、東京大学先端科学技術センター教授の菅(すが)裕明氏と私は、高校の同期であるとともに、彼の義父が教主様の高校時代の同期生という二重に縁のある間柄です。彼が初めて吉備楽に接したのは、大元・宗忠神社で私が斎主をつとめた彼自身の結婚式の時でした。そして、平成10年に米国ハーバード大学での吉備楽公演会が行われた際、観光に訪れたナイアガラの滝に隣接する町に当時ニューヨーク州立大学に勤務していた彼の住まいがあり、終えたばかりの公演会の様子を、私は菅夫妻に話していました。このたびの会合が計画されるに及んで、彼は満を持して吉備楽を推薦したのです。
 ホテルの特設ステージで行われた演奏会は、まず私が吉備楽と黒住教について英語で紹介し、管絃楽と舞楽の間に、楽器をスライドで見せてそれぞれの音色を聞き分けてもらう時間を楽しんでいただきながらの30分間でした。いずれの曲目も非常に喜ばれましたが、とりわけ、「天皇陛下がお田植えから稲刈りまでをなさる皇居内の稲田に鶴が舞い遊ぶ様(さま)を通して、世界大和(たいわ)、国家安泰、五穀豊穣(ほうじょう)、長寿繁栄を願う優雅な舞」と紹介した舞楽「宝田」を、有り難いことに、今上(さんじょう)陛下による今年の稲刈りが行われた当日に披露することができ、忘れられない思い出となりました。菅氏を通して、このことは参加した皆さんにも知ってもらいました。
 演奏終了後、真っ先に駆け付けて下さったのは1987年のノーベル医学・生理学賞受賞者の利根川進博士でした。「素晴らしい演奏を、私自身大いに楽しませていただいたことと、内外の若い研究者に聴かせてもらったことを、心から感謝します。わが国に、このような伝統音楽があったのですか…。とても刺激的なひとときでした」とお礼を言って下さり恐縮しましたが、脳生理学の権威か”刺激的”という言葉をいただいたことが、私にとって刺激的な感動でした。次に、昨年の物理学賞受賞者の小林誠博士から「日本人の研究者にとっても、初めて味わう日本古来の音楽だったはず…。本当に良い機会を有り難うございました」と、お人柄の伝わる挨拶(あいさつ)をいただきました。また、2002年の化学賞受賞者の田中耕一氏が終始にこやかな笑顔で演奏を楽しんで下さっていたのも印象的でした。
 よい機会でしたので、東京から長男の宗芳も手伝いに来させることができました。私たちの大切な宝物である吉備楽を通して、お道の有り難さを一人でも多くの人に伝えたいと、改めて感じた今回の演奏会でした。
 “一杯、日拝、参拝”を合い言葉に、首都圏在住のお道づれの、特に若い世代の方々の参加を心待ちにしています。お呼び掛けをよろしくお願い申し上げます。