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  • 家内心得の事
    一、信心の家に生まれ信心なき事
    一、己が慢心にて人を見下す事
    一、人の悪を見て我に悪心を増す事
    一、無病の時家業怠りの事
    一、誠の道に入り心に誠なき事
    立ち向こう人の心ぞ鏡なり
    己が心をうつしてや見ん
    上の条々誠に恐敷事に
    常々相心得執行可致者也
    (御文八五号)

家内心得の事
一、信心の家に生まれ信心なき事
一、己が慢心にて人を見下す事
一、人の悪を見て我に悪心を増す事
一、無病の時家業怠りの事
一、誠の道に入り心に誠なき事
立ち向こう人の心ぞ鏡なり
  己が心をうつしてや見ん
上の条々誠に恐敷事に
常々相心得執行可致者也
(御文八五号)

 神道山ご遷座五十年の令和六年と、大元 宗忠神社ご鎮座百四十年の令和七年の信心心得は、「よりよく生きるための〝五つの誠〟」の締めくくりとなる〝反省の誠〟を眼目に、教主様より「活かし合って取り次ごう 心なおしと常祓い」をお示しいただきました。

 教祖神は、生まれながらに正直で親孝行な子として近隣でも知られ、〝中野の孝子〟と称えられていました。「教祖様の御逸話」(黒住教日新社刊)に収められている「げたとぞうり」や「水垢離取って父君のご長寿をお祈り」などのお話は、殊に知られています。

 青年期を迎えた教祖神のご孝心はますます熱く強いものになっていかれ、親に心配を掛けないとか、親の言うことをよく聞くということにとどまらず、ご両親に喜んでいただきたいという熱い思いが基となっていました。そして成長するに従い、世の病み悩み苦しむ数多くの人々を目の当たりにした教祖神は、そうした人々を救うべく神様のような人になることが何よりの親孝行であると思うようになり、「生きながらの神になろう」と、強くご立志になったのです。

 やがて教祖神は二十歳ばかりの頃に「人間には本来、良心が備わっていて、生まれながらに善悪正邪を知ることができる。これこそが天の命じられたもので、天照大御神様からいただいた心、すなわち〝心の神(ご分心)〟である。この心の神に聞いて、善いと思うことばかり行い、悪いと思うことは絶対に行わないようにつとめる。そうすれば、きっと神様と一体の生きながらの神になれる」という、いわば最初の悟りを得られました。

 ご立志は、一般常識では考えられない大望でしたが、それから程なく、教祖神は「心に悪いことと知りながら身に行う悪いこと」を具体的に五つ書き出して、目にふれる所に掲げ、決して行わないように努め、事毎に〝反省の誠〟を捧げられたのです。まさに血のにじむようなご修行であったと拝察します。

 今日、その五つを「五カ条」とお称えしています。そしてそれが基となり、教祖神は後に二カ条を追加され、私たち道づれのお道信仰の指針である「御七カ条」となったのです。なお、現存する五カ条は黒住教宝物館で厳重に保管されています。