我がためを思い離れて人のため 尽くす心ぞ誠なるらん(道歌)
平成21年1月号掲載 教祖様の御逸和話(ごいつわ)「ご紋服のまま橋の穴をお埋めになる」という尊いお話が伝えられています。
かつて、教祖様は備前岡山藩主池田家からご紋服を拝領になりました。教祖様は、このことを大そうお喜びになり、極めて大切に扱われて滅多(めった)に用いられることはありませんでしたが、池田家の御用の場合と重臣方を訪問なさるときは、厳重に着用になったようです。
ある日のこと、そのご紋服をお召しになって出掛られた後に大雨が降り、お帰りは雨が上がってからの頃になりました。ご帰宅の教祖様を迎えた奥様は、玄関で思わず驚きの声を上げられました。大切なご紋服が泥だらけだったのです。しかも、そのよごれは雨に濡(ぬ)れたぐらいではならないようなひどい状態でした。
奥様の表情で初めてご紋服のことに気付いた教祖様は、たった今、壊れた橋を直していたことをお話しになりました。やや空が晴れてからの帰り道、お宅の先の小川に架かっている農作業用の小さな土橋に、先刻の土砂降りで、ちょうど人の足を踏み込むほどの穴が開いていることに気付いた教祖様は、直ちにその穴をふさいでおられたのでした。
「一度、お帰りになって、お召し替えになってからになさればよろしかったのに…」とおっしゃる奥様に、「それでも、見るともう一刻も放っておけない気がしての…。一人でも過ちがあってはならぬ。悪くすると足を折るからの…。ご紋服も大事だが、生きた人間の足は、なお大事だから…」とやさしくお答えになったのでした。
「教祖宗忠神ご在世中の尊い御逸話」と聞いて、不思議な霊験談を想像した方もいらっしゃるかもしれません。有り難い霊験談も尊いですが、ひたすら誠を説き、そして誠を尽くすことを、身をもって実践された教祖様の御手振りに習うのが黒住教のお道づれ(信者)なのです。それにしても、身分制度の厳しい武家社会という時代背景を鑑(かんが)みると、なおさら尊い教祖様の日常の御姿でした。