至福のとき—伊勢萬人参り

平成28年4月号掲載

 2月半ばから末にかけての3日間ずつの6日間、伊勢に逗留して各地からお参りのお道づれの皆様をお迎えしてつとめました、立教二百年記念の伊勢萬人参りを無事に有り難く終えることができました。

 私にとりましては、昭和55年、59年、そして平成6年に続く伊勢萬人参りでしたが、今回も皆様の喜びに満ちた笑顔の中での参宮となりましたことを、心から有り難く思っています。

 ここ数年、急激に参拝者の増加した伊勢神宮ですが、寒い季節の2月にもかかわりませず、ひききりなしに参拝する方々の多さに、いろいろ問題の多い今日の世の中ですが、わが国は大丈夫だということを確信しました。日本人の血ともいうべき働きが、人々をして伊勢の大御前に向かわせているとしか言いようのない参拝者の多さでした。

 国魂とも申し上げるべき「天照坐皇大御神」の大御前に詣でて、初めて安心を得、また明日への活力をいただく日本人の素晴らしさにあらためて感銘を深くしました。

 伊勢に滞在中、お道づれの団体が到着される度に、200名、300名の、さらに500名から1000名の皆様と共に玉砂利を踏んで大御前に進み、お祓いを上げて祝詞を奏上し、「御開運の祈り併せて御聖願達成の祈り」を唱和して、その後ご挨拶申し上げることを繰り返しました。いずれの時も、心に深く刻まれるのは皆様の笑顔、実にふくよかなお顔でした。

 皆様が、きょうの伊勢萬人参りをこのように喜び、大きな誇りとされていることがひしひしと伝わってきまして、目頭が熱くなることもしばしばでした。

 教祖神の御神詠に、
 天照らす神もろともに行く人は日ごと日ごとにありがたきかな(御歌十三号)
とありますが、この伊勢萬人参りの皆様は、実に
 宗忠の神もろともに行く人は日ごと日ごとにありがたきかな
さながらに、宇治橋を渡って大御前に向かう道中、教祖宗忠神が皆様と共に歩まれているの感を強くしました。いずれも私は先頭を歩き、その後を皆様がついて来て下さっての参宮ですが、私にはお参りのお一人おひとりが、“宗忠の神もろともに行く”お姿そのものに感じられました。まさに「お道づれ」のお互いです。

 この度の萬人参りでは、教祖神をはじめ先人先輩方も果たされていない特別の参拝の栄に浴しました。それは、神宮の特別のお取りはからいで、新宮である現在の御正宮に遷御なったあとの旧宮が解体されて今は更地となっている古殿地に入らせていただいてのお参りであったことです。参拝者でにぎわう御正宮前から東に進むと、大きな空間が広がります。古殿地です。ここから前方左を仰ぎ見ながら、目にもまばゆい御正宮の鰹木に目をこらして新宮の皇大神宮を拝することができたのです。

 申し上げるまでもないことですが、伊勢神宮の御正宮の御敷地は、向かって右と左に同じ広さのいわば宮地があって、20年ごとに交互に新しい御正宮が造営され御神体がお遷りになるのですが、私と団体参拝の代表者方はいつものように御正宮の御垣内に特別参拝させていただき、続いて神職の方のご案内で右側の古殿地に入りますと、そこはお道づれの皆様でいっぱいで、お祓いが朗々と上げられています。私は皆様の中を縫うように一段と高い所を指示されて立ち、皆様とのお祓いに加わりました。

 正面に目をやりますと、お白石の敷き詰められた大きな空間の中央に、「心の御柱」の小さな覆屋があるのみです。全くの静寂の中、その覆屋が、紋服姿の教祖神が正座してこちらをお向きになっているの感に打たれ、思わず頭を垂れました。

 神風や伊勢とこことはへだつれど心は宮の内にこそ在れ(御歌九十六号)
との御神詠にも伺えます、教祖神ご生涯6度ものご参宮、そこに表れる俗に言うところの恋焦がれるようなお伊勢様へのお想いが伝わってきました。現在は神宮の幹部となっている方から以前お伺いしたことですが、明治天皇のお側に仕えて神道についてのご下問にお答えしていた方が書き残したものに、「黒住教の宗忠教祖は、伊勢の杜に鎮まられている」とあるのは真実なのだと、自らに言い聞かせるひとときでもありました。

 振り向いて皆様に黙礼の後ご挨拶申し上げる自分自身、その私をにこやかに熱いまなざしで見つめて下さる皆様方、不肖ながら黒住教教主である身の有り難さを心底感じる至福の時でありました。

 この時も申し上げたことですが、この古殿地に立つ私にはまた格別の思いがありました。昭和48年10月、前々回の第60回の式年遷宮の「遷御の儀」に招かれた私は、この御敷地の浄暗の中に参列し、御神体が左の御敷地にお遷りになるのについて新しい御正宮に向かいました。

 この地でいわゆる古殿となった、20年間御正宮であった建物は、程なく解かれたわけですが、翌昭和49年5月、その御用材が11トントラックに満載されて霊地大元に到着しました。折から新霊地神道山に新しい大教殿のご造営が最終段階に入っていました当時、下賜された内宮御正宮の御神木は、大教殿の御神殿と祖霊殿の設えにすべて使わせていただけたのでした。中でも御正宮の棟木を支えていた二本の巨大なうだつの一本は、白布に巻かれて届けられ、今は御神前と祖霊殿の御扉となって御内陣のお護り役を担っています。

 この時から20年後に再びこの御敷地に遷御になり、そしてこの度またご遷宮なって古殿地となったこの場に立つ私の心には、実にしみじみと熱いものが湧き続けていました。