達人の祈り

平成23年4月号掲載

 過ぐる正月元旦のテレビでご覧になった方もおありかと思いますが、プロ野球ファンならずとも多くの人が知っているイチロー選手の、「ぼくの歩んだ道」というNHKBSの長時間番組がありました。あれだけの選手ですから、常に身を削るような細心の心配りと鍛練を重ねているとは思っていましたし、そういう日々が一人の人間としてその人となりを高め深めているだろうとも思っていました。しかし、この番組を見て改めてすごい人物であることに驚き入りました。
 最も胸うたれたのは、大リーグの年間最多安打257本を超えた時の話でした。
 プロ野球選手としてヒットを積み重ねることを大きな目標としているイチロー選手は、これまた多くの方がご存じのように昨年も200本以上のヒットを打って、10年間連続して200本を超えるという大リーグ新記録を打ち立てました。そういう彼にとって、ジョージ・シスラーという選手が84年前に作った年間257本という大リーグ記録は、目指すべき目標であったようです。このことが話題になっている時、画面にシスラー選手の孫が登場しました。この人はやはりおじいさんの記録は破られたくない思いがあったことを率直に述べていましたが、イチロー選手がセントルイス市郊外のシスラー選手のお墓に参っている写真を見せられた時、このお孫さんは絶句してしまいました。“自分はイチロー選手が祖父のお墓に行ったことは聞いていたが、このようにひざまずいて手を合わせて祈っていたとは・・・・・・”と言うと、見る見る両眼に涙が湧き出てきました。イチロー選手はこの映像を見ながら、“こういうことには弱いんですが……”と言いながらも、その眼(め)には光るものが浮かんでいました。テレビにくぎ付けになっていた私も、まぶたが熱くなるのを禁じえませんでした。
 続いてイチロー選手は、あの時(お墓参りの時)以来、調子が上がって新記録を残すことができたこと、あの時何かが降りて来て自分を押してくれたように思う・・・・・・というようなことを一言ひとことかみしめるように語りました。
 このテレビ番組は、私にとりまして今年のお正月のひとつの大きな感動となりました。



 昨年の重大事件のひとつに挙げられていてご記憶の方も多かろうと思いますが、7年間、宇宙空間を60億キロも飛び続けた小惑星探査機「はやぶさ」が、世界で初めて月以外の天体に着陸して無事地球に帰って来たという大ニュースがありました。このことは、鈴木、根本両博士のノーベル賞受賞というニュースとともに、私たち国民の心に大きな喜びを与えてくれました。
 太陽を中心とした地球をはじめとする惑星の起源を探るため、はるか宇宙空間に発見された「イトカワ」と名付けられた小惑星に向けて「はやぶさ」は打ち上げられ、この「イトカワ」の岩石の一部を採取して帰る使命を担っていたのです。
 一昨年の秋、この「はやぶさ」のイオンエンジンという特別のエンジン4台がすべて故障し、危険な状態に陥りました。チーフリーダーの川口淳一郎教授は、そのうち1台のエンジンの「中和器」という重要部分が無事なことを発見し、この中和器を使っての調整に努められるのですがうまくいきません。切羽詰まった教授はインターネットを使って「中和」という名の付いた神社を探し、岡山の県北、真庭市に鎮座する中和神社(正しくはちゅうか神社と称する)を探し出し、早速お参りされたということです。そのお参り、お祈りは、まことに真剣なものだったと入澤喜一(よしかず)宮司は話されています。
 神奈川県相模原市の管制室に取って返った教授は、再び三度(みたび)努められたところ、中和器は作動して「はやぶさ」は地球への軌道に乗ることができたのでした。
 私たちには、はるか宇宙のかなたを飛ぶ機械を地球上でコントロールし、修理までするということ自体が不思議なことですが、そのような宇宙工学の最先端にいる方が、祈りをもって事に当たり、しかも事が成就したという事実に驚嘆し、感服しました。

 川口教授は次のように述べられています。
 「このトラブル以来、私は信心深くなったのです。自分たちが判断して対処できるところまで、神頼みしようとは思いません。しかしどうしても分からない部分が残ります。通信途絶も、最終的には復旧しないという結果になるかもしれない。打てる手は打った上で、最後にどう転ぶかは“運”次第といえます。だから、私たちが期待する結果に転がるよう、神頼みしたのです。トラブル解決への意気込みを保つための“気持ちの支え”という側面もありました。ご利益があったのか、その後のイオンエンジンは調子を維持し、帰還直前の軌道修正では一度も、みじんの異常も起きませんでした。打ち上げ後、初めてのパーフェクトな運転でした。はやぶさが本当に致命的な故障を免れたのは、幸運以外の何ものでもないと思います」(毎日新聞平成22年7月7日号)

 昨年の10月末、中和神社にはこの川口教授らの御礼参拝の姿がありました。何様が祭られているかも分からない、ただ同じ「中和」という名の付いた神社というだけで参り、ひたすら祈られたのです。このことは、祈る人の祈りがいかに大事かを物語っています。
 教祖神は「祈りは日乗り」と御教えになり、「本体の祈りにて、かなわぬことは無きことなり」と言い切られ、「人々の誠のところより、天地の誠のいきものを、よびいだす」と説かれました。
 川口教授は、期せずしてここのところを実践されていたのです。