「瀬戸内寂聴展」記念座談会  可能性切り開き現役でありたい(上)

平成20年10月号掲載

 去る9月5日から15日まで天満屋岡山店において、「作家生活50周年源氏物語千年紀記念瀬戸内寂聴展」が開催され好評を博しましたが、オープン前日の9月4日、山陽新聞社で越宗孝昌同社社長司会のもと、瀬戸内女史を中心に旧知の間柄である美術家の高橋秀氏、そして教主様による記念の座談会が行われました。
 その要旨が9月11日付同紙に掲載されましたので、今号と次号にわたり掲載させていただきます。                                   (編集部)


(山陽新聞9月11日付より)
 「源氏物語」の現代語訳で知られ、86歳を迎えた今も精力的に執筆活動を続ける人気作家の瀬戸内寂聴さん。天満屋岡山店6階葦川会館で開催中の「作家生活50周年源氏物語千年紀記念瀬戸内寂聴展」(NHKサービスセンター、山陽新聞社主催)を機に来岡した瀬戸内さんと、古くからの友人の美術家高橋秀さん、黒住教教主の黒住宗晴さんに、「生きる」「愛」などをキワードにざっくばらんに語ってもらった。                  (敬称略)


源氏物語と作家生活

越宗:今回の展覧会は寂聴さんの作家生活50周年と源氏物語千年紀を記念したものです。まずは寂聴さんにうかがいます。源氏物語の現代語訳は大変な歳月をかけて完成された大仕事です。源氏物語にひかれたきっかけはなんでしょう。

寂聴:徳島の女学校に入った13歳の時、図書館で何げなく手に触れたのが、与謝野晶子訳の源氏物語でした。おもしろくて夢中で終わりまで読みました。外国の小説に負けないと思いました。その後、谷崎潤一郎さん、円地文子さんが訳された。その3人の天才文豪の訳がありますから、私の出る幕はないと思っていました。
 ところが日本人の国語力が低下して、簡潔で読みやすい与謝野さんの訳はまだいいけれど、谷崎さんや円地さんのは本当に美しい文章なんですが、ついていけないという。そこで国民みんなに読んでもらえるよう、易しく訳すことにしました。70歳の時です。出版社に「出来上がるまで命が持ちますか」と言われましたよ。3年で完成させる予定でしたが、これまでの訳と同じにならないよう一行一行つきあわせ、結局6年半かかりました。

越宗:わが国の素晴らしい古典を現代の人々に手渡してくださった。読んでみますと、人間関係にしろ恋愛にしろ現代に通じるテーマですね。

寂聴:源氏物語は世界に誇る文化遺産です。物語では光源氏というスーパーマンが次々恋をしますが、男女の関係は千年たっても変わらないんですね。この話は向かいの奥さん、これは私の内緒事じゃないかと思わせる。だから、面白いんでしょうね。
  
越宗:寂聴さんは今年86歳になられたが創作意欲は衰えるどころか、80歳で「釈迦(しゃか)」、昨年は世阿弥の生涯を描いた「秘花」を完成された。展覧会のテーマは「生きることは愛すること」ですが、寂聴さんにとって「生きることは書くこと」なのでしょうね。あらためて半世紀もの作家生活を振り返っていかがですか。 

寂聴:文壇に出始めのころ、「花芯」という作品を発表してひどい目に遭いましてね。エロ作家と呼ばれ、五年間文芸誌に書くことができませんでした。悔しくて何くそと思いましたよ。その経験がなかったら、今ごろつまらない作家になっていたのではないでしょうか。人生にマイナスってないんですね。
 それから、年を取ったら何もできないというのは間違い。私は70歳で源氏物語を訳し、80歳でオペラまで書きました。周りの人はやめろと言うんですよ。せっかくここまできたのに、したことのないことをして恥をかくことはないと。でも思い切ってやるとできる。才能の可能性は自分では分からない。死ぬまであきらめたらいけない。失敗したら「年寄りだからごめんね」って言えばいいんですよ。


生きること 

越宗:寂聴さんは何歳になっても自分の可能性を切り開いていくのが大事と言われました。それはつまり、よく生きよく死ぬということでしょうか。
 
寂聴:そうですね。例えば今の親は子どもにいい大学へ行けと言いますが、やめた方がいいですね。子どもが好きなことをさせればいいのです。必ず成功すると思いますよ。

黒住:お母さまの育て方はどのようだったんでしょうか。 

寂聴:小学2年のとき、つづり方の授業で先生に「何から取ったの」と盗作を疑われ、泣いて家に帰ったことがありました。母はエプロンをしたまま私の手をつかんで学校へ行き「うちの子は生まれつきつづり方がうまいんです。人のものを盗んだりいたしません」と先生に怒ったんです。
 いざとなったら母は守ってくれるんだと思いましたね。母はろくに学校も行っていない人でしたが、私が女子大へ行きたいと言うと、率先して励ましてくれた。好きなことをさせてくれました。

高橋:でも今のお母さんはそれができない。小中学生のグループが大型絵画に挑戦するイベント「沙美アートフェスト」(秀artstudio主催)には、毎年県内から300人も参加があり、お母さん方も大勢集まります。見ていると、子どもをだめにしているのはお母さんだと思いますよ。子どもを自分の所有物のように思っていて、できるだけ付加価値を上げようとしている。
 
寂聴:子どもが悪いのは大人が悪いから。仏教も神道も、目に見えないものを信じて大切にしていますね。そして人の心も目に見えない。世の中を本当に動かしているのは、目に見えないものですよ。それなのに、今の人はお金や家など目に見えるものしか信じない。

黒住:「忘己利他(もうこりた)」と言われますね。
 
寂聴:自分のことを考えないで、他人のことを祈ってあげるという天台宗の教えの根本です。あらゆる宗教の行き着くところですよね。

黒住:他人に喜んでもらう喜びが、自分を輝かせるのではないでしょうか。その原点が子に対する母の無償の愛だと思うのですが。昔から親は子に「人に迷惑を掛けないように」と教えますが、「人に役立つ人になりなさい」とも言うべき。人は人に尽くして人と成るということです。親自身が実践してもらいたいですね。

越宗:誰かの役に立つことが幸せで、この世に生まれた理由です。しかし個人主義や利己主義がまん延し、命がいかにかけがえのないものか、認識も薄れてきている気がします。

寂聴:戦後の教育が間違っているんですよ。核家族化が進んで年寄りの知恵が孫に伝わらなくなっている。先祖がいるから自分があるのに、自分だけで生まれてきたように思っているから、おかしくなるんです。
 そして子どもたちが生まれた国に誇りを持っていないでしょう。総理大臣がさっさと辞めるようだと、国の誇りは失われます。日本は素晴らしいという意識を取り返さなければいけない。私は源氏、源氏と騒いでいますが、世界に先駆けてこんな素晴らしい物語を書いた女性が日本にいたと、若い人たちに誇りを持ってほしい。そのために私は身を粉にして走り回っているんです。
(以下次号)


せとうち・じゃくちょう
1922年徳島市生まれ。本名・晴美。東京女子大卒。「花に問え」など著書多数。現代語訳した「源氏物語」はベストセラーになった。女流文学賞、谷崎潤一郎賞、文化勲章など受賞・章。
73年出家、京都・嵯峨野に「寂庵」を結ぶ。

たかはし・しゅう
1930年福山市生まれ。武蔵野美術学校中退。61年安井賞を受賞し63年渡伊。エロチシズム薫る独自の抽象表現が評価され、88年日本芸術大賞、94年紫綬褒章、2005年山陽新聞賞を受賞・章。04年から倉敷市在住。倉敷芸術科学大客員教授。

くろずみ・むねはる
1937年岡山市生まれ。京都大文学部卒。黒住教青年連盟長を務めていた65年、中四国を対象にした「重症心身障害児施設建設運動」は「旭川児童院」の設立につながった。67年山陽新聞賞受賞。73年から第6代黒住教教主。