絵物語「平和の種」に学ぶ
平成20年2月号掲載
今年の元旦放送《山陽放送ラジオ》の教主様のご挨拶(あいさつ)です。
昭和28年に開局したこの山陽放送の、翌29年元旦のこの時間に、先代の五代教主がご挨拶申し上げてから今回で55回目となる新春のご挨拶を申し上げます。
実は昨年の秋、イスラエルとパレスチナの紛争、戦争で親を失った遺児たちを日本に招いたときのことを主題とした絵物語、その名も「平和の種」《編集部注》という本が出版されました。これは、世界連邦運動を進めている京都府の綾部市長四方八洲男氏が、平成15年すなわち2003年に、パレスチナ、イスラエル双方の中・高校生の遺児たちを綾部市に招いたことに始まります。
空爆で父親を失っているパレスチナのライラという少女と、爆弾テロによって母親を亡くしているイスラエルのダリアという少女をはじめ14名は、テルアビブ空港から日本に向かいました。それぞれが憎しみと悲しみがないまぜになった苦しみの中で、なぜ親が死ななければならなかったのかを知りたい一心から、双方が共に旅する日本の招待に応じた少年少女たちでした。
ダリアとライラは綾部市の舞子という同い年の女の子の家にホームステイすることになりました。互いにぎこちない思いで一言も話せないままに時間が過ぎていく中で、舞子のおばあちゃんから彼女ら3人の娘と同じ年齢の頃の原爆体験を聞かせてもらったり、3人揃って浴衣に着替えて花火を見に行ったりの1日を過ごしていました。ある時、舞子から歌を歌ってと言われたライラが口ずさんだ歌に、ダリアの顔色が変わりました。それはイスラエルの人にはつらい歌だったのです。しかし、この歌を歌ったことが2人の理解を深めるきっかけとなりました。ダリアの気持ちが分かったライラが涙して詫(わ)びます。それにまた涙して答えるダリア。2人の心が通い合った瞬間でした。
綾部から京都、そして東京への1週間。彼ら彼女たちにとって、現在の大都市東京は、昭和20年の東京大空襲によって焦土と化していたことが信じられなかったようですし、それはまた、イスラエル・パレスチナ双方の将来への希望を与えられるものであったようです。特に時の総理小泉首相が一行を迎えたときに話された「絶望は愚(おろ)か者の結論。希望をもって平和への努力を続けてほしい」のひとことは、心に深く残ったとのことです。
成田空港で、14人それぞれが、共に過ごした日本の少年少女に心からの感謝の言葉をかけて別れて13時間後、到着したテルアビブ空港でのことです。簡単な入国審査で到着ロビーに早々と出て来たイスラエルの子供たちに対して、パレスチナの子供たちが出て来るまでの3時間、イスラエルの少年少女たちは迎えの家族の「もう帰ろう」の声を制して、全員がパレスチナの今は“仲間”となった少年少女たちを待ち続けました。それは双方の大人たちにとって驚きの時間でした。パレスチナ・イスラエルの少年少女たちは、固く握手を交わし、この本の題名そのままに「平和の種」になるとの思いを強く持って、それぞれの家路に就(つ)いたのでした。
翌年の平成16年8月4日、四方市長からバトンタッチされて、当時の萩原岡山市長はイスラエル・パレスチナから遺児の高校生それぞれ5名ずつと引率者3名の13名を、岡山市に迎えました。
岡山に着いた一行が交々(こもごも)語ったことは、「こんなに遠く離れた日本の人が、こんなに私たちのことを真剣に思ってくれているとは思わなかった。本当に嬉(うれ)しい」ということでした。誰しも、苦しみの淵(ふち)に沈むとき、まるで自分1人が置いてきぼりになったような思いに駆(か)られるものです。それだけに、この少年少女たちの言葉には身につまされるものがありました。
一行は綾部のときと同じように岡山市民のお宅にホームステイして市内の高校生との交流会、さらに8月6日の原爆記念日には広島での平和記念式典にも参加し、折から参列の小泉首相から激励を受けるなど、特異な体験を共有しました。しかも、何よりも特別な共有体験は、「自分が苦しんでいるだけでなく、イスラエルの人もパレスチナの人もみんな同じ悲しみで苦しんでいる」ということでした。これはまた、双方の高校生が異口同音に話した胸の内でした。そして「帰ったら自分たちに何ができるか、多くの人と話し合っていきたい」と語ったのでした。
この運動は、続いて翌平成17年8月徳島市の受け持ちで展開されましたが、一昨年、昨年は紛争のためガザ地区の子供たちが出国できず中途止めになっています。今日、私たち日本人には、イラク戦争の陰にかくれたようにイスラエル・パレスチナ問題への関心が薄くなっているような感が否(いな)めませんが、その苦悩の日々は今も変わらないのです。
あの彼ら彼女たちが、今どのような思いで生活しているかと思いを巡らせますと心に重いものを感じずにはおれませんが、あの子たちがまさに「平和の種」の1粒となって、平和という花を咲かせ実らせてくれることを心から祈らずにはおれません。と同時に、きょうの平成20年の元旦に、昭和の20年に終戦を迎えたわが国の歴史に鑑(かんがみ)みても、私たち1人ひとりが平和の種にならねばとの思いを改めて強くいたします。
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