「被害者サポートセンターおかやま」の設立に思うこと
平成16年3月号掲載
岡山県立岡山西養護学校の教育後援会が昭和五十六年に結成されて以来、教主様には同校の要請により会長職を務め続けられています。
今号の「道ごころ」は、教主様がその教育後援会誌「ともに歩む」にご執筆なったものですが、“人”とは何かを、改めて学ばせていただきましょう。 (編集部)
昨年の十一月、岡山に「被害者サポートセンターおかやま」という組織が誕生し、電話による相談からその活動が始まりました。私も少々かかわってきて、改めて人権を守り尊重することの大切さと同時に、それが加害者に厚く被害者に薄い現実に驚きました。たとえば、殺人を犯した人といえども、その人権が法律によって守られているのはよいことだと思いますが、被害者の側はどうなっているのでしょうか。ひとつの例として、一家の主(あるじ)を殺された家族などは、明日から路頭に迷うことになっても法律的には何の保護もないのが現実です。
こうした矛盾を教えられるとともに、問題はもっと深いところにあるのではないかとの思いが募(つの)ってきました。それは、今日の時代に蔓延(まんえん)する“人間は死んだら終わり”とする唯物的な人生観です。いわば人間を心と肉体からなるものとのみとらえ、心の中の心ともいうべき魂の働き、その霊性を認めようとしない人間観です。そこでは、人は死んだらそれで終わりで、殺された人にはすでに人権はなく、殺人者の人権のみが声高に叫ばれるわけです。いわば、人権のその前に、というよりその奥に、“魂権(こんけん)”ともいうべき人間の真の尊厳が叫ばれなくてはならないと思います。
これは、ある文化人類学者が様々な民族の生命観を研究調査しての話ですが、自分自身を親、先祖から子、孫に至る長い生命の流れの中で見ることのできる人は心が安定していて、しかもそういう人の多い社会は安定しているということです。反対に、自己中心の極みのごとく、自分が生まれて生きて死ねばそれで終わりとする生き方の人は、心が不安定だし、しかもそういう人の多い社会は、世の中そのものが不安定だというのです。それは、今日のわが国を指摘しているかのように聞こえましたし、かつて岡山に来たアメリカインディアンの大酋長(しゅうちょう)のひとことを思い出させました。彼は「われわれは何か重大な決定をなすときは、七世代先のことを考えて行動する」と言ったのです。
先祖から親、自分、そして子々孫々に至る長い生命の流れにある自分自身という人間観、生命観の欠如は、現代の大きな問題でありましょう。
昭和の初め、わが国の哲学者として名高かった三木清と、フランスの哲学者ブレイズ・パスカルは、生きた時代も違いますが、概略同じようなことを述べています。
「人間にとって死はすべての終わりのときとするか、新たな出発のときとするか。自分は新たな出発のときに賭(か)けて、日々よりよき出発につながる生き方を求めて生きていきたいと思う。もし死がすべての終わりだったとしても、何も失うものはない。しかし反対に、死をもってすべての終わりとして生きてきて、死が新たな出発のときであったら取り返しのつかないことになる……」。いわゆる霊魂の不滅、これを仮説としてでも意識して生きるかどうかは、人の一生に大きな違いを生むでありましょう。
魂の働きのすごさに驚嘆することは今までも何度かありましたが、最近では、去年の秋、林原美術館で開かれた知的障害者更生施設「みずのき」の入所者方による絵画展でした。そこには、今まで見たこともない純粋な色彩にあふれた作品や、まるで天から一筆書きしたような生きた線の作品など、いずれも芸術性の高いものが並んでいました。
これは、私どもが知恵と心得てその力を頼りに生きているのに対して、いわゆる知能の働きを期待できない分、人間の深い奥底 そこはまさに天地に直結したかのごときところ からほとばしり出たような真の力、いのちあふれる作品群でした。人間に与えられた無限大の力に胸うたれながら、一方、わが身にも備わっているはずのその力が、我欲や小さな知性によって押さえつけられ、隠されているのではないかとさえ思われ、大きな衝撃を受けました。
また、かつて私が長い間つきあっていた男に、重症心身障害児と呼ばれたM・Y君がいました。彼は、幼い時に高熱によって脳細胞を侵され、目も不自由、手足も不自由、言葉もないまま寝たきりの三十三年を生きました。彼が重い腎臓病のために施設から病院に入院したことを耳にして、私は見舞いに出かけました。案内して下さった看護婦長さんが、あの人は何も分かっていないと思っていたが、よく分かっているのに驚いたとしみじみ話してくれました。彼の入院していた部屋に仕事を終えた母親が見舞いに来ると、その部屋に入った瞬間、彼は見えぬ目ながらまぶたを開くのでした。母親が帰るとまた目を閉じ、それは翌日の母親がまた来るまで続いていたのでした。私が見舞った数日後、彼は安らかに昇天しました。母親と二人の妹そして弟に囲まれた彼の脈をとっていたお医者さんが、ご臨終ですと言った時でした。彼は“バチッ”と両眼を開きました。しかも今まで見せたことのないらんらんたる目付きで、その視線は母親の肩越しに見入っている弟の両眼に向いていました。弟は兄M君が遺言したと言います。「おふくろを頼む。おふくろを頼む」と、言葉にならぬ言葉で、それだけに強いものでした。
昔から目の不自由な人は勘がいいとか言いますが、脳細胞が働かない分、魂の脳細胞、魂の手足は私たち以上に敏感に力強く働いていると言えるのではないでしょうか。
とは申せ、魂、霊(みたま)の問題は難しいことで、九年前の平成七年の春、折からオウムのサリン事件のさ中に来日、来岡されたチベット仏教のダライ・ラマ法王が言われたことが思い出されます。
「若い人があまりに霊的な問題にかかわると人生を踏み誤ることが多い。密教(魂、霊のことを主に説く宗教)をやる者は顕教(けんぎょう)(人としてのあるべき道を説く宗教)を徹底してやっておかねばならない」。それはまた、ある新しい大きな宗教教団の教祖が言われた「霊の問題は、幼子(おさなご)が古井戸をのぞくようなものだ」との一言と相通ずる忠告です。いわば、魂、霊の問題に取り組む者は、人間としての素養の修得はもとより心の修養に励み、あらゆる人々から信頼される人物であらねばならないということでありましょう。
それがゆえにこそ、魂、霊の問題を真に大切にする宗教者は、ここを源とする人間の愛、慈悲、誠の大事を説き、特にわが国では、親、先祖に対する孝養を強調してきたのだと思います。魂の問題、霊性を全く認めない信じようとしない極端な風潮は、一方で、魂、霊の問題にのみ終始してあたら尊い人生を台無しにする、これまた極端な人を生み出してもいます。
「被害者サポートセンターおかやま」の設立は、改めて様々なことに思いをめぐらせてくれたことでした。
