下腹=丹田を養う―誠ごころの育成―

平成16年1月号掲載

謹賀新年
 四十五年も昔の話で恐縮ですが、私の学生時代に目をかけて下さった当時の平澤興京大総長は、個人的にお目にかかったとき、教祖神の重病の肺結核から本復なったご体験を称えて、御神詠有り難きまた面白き嬉しきとみきをそのうぞ誠なりけるの御歌に敬服していると言われました。この御歌は、カナダのハンス・セリエという生理学者の“ストレス学説”をはるかに江戸時代に体験的に説かれたもので、人間はこういう心にあるときこそ心身ともに健康で、逆に心を傷つけ苦しめるとき まさに腹を立て物を苦にするとき ストレスはたまり病の元となるということでした。
 三十年前の昭和四十九年、神道山へのご遷座記念に、私は「心を語る」といういわば随筆集を発刊してもらいましたが、その中に、わが国の心療内科の草分けで当時九州大学医学部の内科教授池見酉治郎先生と対談していただいたものを掲載しました。心療内科というのは先生に言わせれば“病は気からの医学”で、先生のご研究の中には、教祖神が大病を乗り越えられた尊いご体験、そしてそこから生まれる数々の御教えも入っていました。
 幼い頃から、信仰によって病気が治る、九死に一生を得る事実を見聞きして育ってきた私でしたが、一方でそういう世界を認めようとしない、いわゆる科学的な物の見方が支配する時代の中で青年期を送っていました。
 それだけに平澤先生のお話から池見先生に至る“心身一体の医学、医療”は、大きくは宗教と科学を結ぶ尖(せん)兵になるのではないかと期待もし、また私どももその一翼を担わせてもらいたいという願いと使命感のようなものも感じていました。
 従来、現代医学というと人間を物質的な側面においてのみ見て、その心、精神性を疎(うと)んじる傾向が強かったように思われますが、ガンをはじめ難病奇病という大きく立ちはだかる壁を前に、自然治癒(ちゆ)力とか免疫力とかという言葉も世に出て私たちの耳にも入るようになってきたように、人間本来のいわば天与の癒(い)やす力を発揮させるための努力、 それが本来の医療でありましょうが すなわち人間を外からも内からも治療していこうとする姿勢が近来強くなってきているように伺われます。

 そういう折から、二十年ほど前に人間の免疫力を司(つかさど)る部位が“松果体(しょうかたい)”といって人間の額(ひたい)の奥にあるということを聞き、さらに近年、首の骨の“第二頸骨(けいこつ)”と胸部にある“胸腺(きょうせん)”が免疫力を司るところであることを教えられ、そのいずれもが宗教と関係あるところだけに一層私の関心は強まっていきました。
 仏像の額に印があり、今もインドの婦人方にはここに朱色の丸い印をつけている人の多いことなど、人類のはるかな先祖は、松果体、免疫力という言葉もない頃から、ここを神聖なところとして尊んでいたのではないかと思いました。さらに第二頸骨、胸腺と聞くに及んで、今は装飾品のネックレスも、本来は、わが先人方が勾玉(まがたま)で作ったものを首から胸にかけていたように、この身体の大切な部位を守るためのものではなかったかと思われました。さらには宗教という宗教がその祈りに際し胸に手を合わすのもむべなるかなと思いました。
 と同時に、人間の心の座というと今日では頭、脳の働きというのが常識ですが、心の働きを“頭”という言葉を使って表現する 例えば心配事があるとき“頭がいたい”というように―それ以上に“胸”というひとことをもって表す方が多い―例えば“胸が熱くなる”“胸がうちふるえる”等―ことなどから、免疫力がすなわち心というわけではありませんが、深く心とかかわっているのが人間の生命であり、その働きのひとつが免疫力とするならば、心の働きは決して脳細胞だけではないのではないかという思いがありました。
 日本語という記号化されていない典型的な生命的な言語を、日常使っているまさに“言魂(ことだま)の幸はふ国”の私たち日本人にとって、言葉の持つ意味は実に深いものがあると日ごろ痛感していたものですから、こうした思いは私の中に強くありました。
 であるならば、心の座は“腹”にもあるのではないか。なにしろ“腹”という言葉でもって心の働きを表す日本語は数限りなくあり、それは“頭”“胸”の比ではないからです。それどころか“腹”こそいわゆる魂の座、私たちにあっては心の中の心たる天照大御神のご分心の鎮まるところの確信が私にはありました。

 三十年前の昭和四十九年秋、神道山に大教殿がご遷座なって始まった神道山での御日拝。そのご遷座三年目の昭和五十二年の二月末、その日は岡山地方では珍しい零下四、五度ともいわれた朝でした。凍てつく寒さの中で遠山の端にお日の出をお迎えした瞬間、わが身のどこにそのような深いところがあるのかと思われる一点から、まるで間欠(かんけつ)温泉のように熱いものが吹き出てみるみる全身に広がっていき、実に心地よい御日拝となりました。
 それは、私にとってこの一点こそわがご分心であり、ここにおいて大御神様と直結しているという実感を初めて得たときでした。
 今日、静かなベストセラーとなっているものに、明治時代にわが国を西欧社会に正しく知らすために英文で書かれた新渡戸稲造先生著の「武士道」があります。その一節に日本人は腹部を“霊魂と愛情との宿るところとなす”とあります。
 禅宗における座禅もそうでしょうが、わが国では昔から「腹の座った」「腹のできた」「腹の太い」人間づくりがめざされますが、教祖神は特にここでいう腹を「下腹」にしぼってこの大事を随所にお説きになっています。
 「道の理(ことわり)」の中の一条「御陽気をいただきて下腹に納め、天地と共に気を養え」、また「下腹に心を納めよ」「下腹で息をせよ」から教祖神ご自身、日ごろ袴(はかま)の腹のところから右手を入れて「大御神様の御霊(みたま)をお養い申し上げている」と言われていたことなどが、その代表例です。
 本教の三大修行である御日拝修行、お祓い修行、御陽気修行は、いずれも下腹をぬきにしてはありえません。御日拝は、下腹に納まるご分心がお日の出に現れる大御神様と直結していることを確認、確信するときですし、ご陽気をいただくことはいうまでもなく、お祓い修行も、下腹から声が出だして本物になります。

 昨年五月、私は専門家から、“小腸”こそ免疫力の中心部位であることを聞きました。そして寝所にあって、ふとんの中で朝と夕、手の平で“の”の字になぜて二百回ほどマッサージすると免疫力が高まることを教えられました。これはまた大きな驚きで、実は教祖神直門高弟星島良平先生は次のように詠まれているのです。
 おきがけと寝がけとはらを二百づつさすり下して御霊(みたま)しづめよ
 私たちが“直(じき)まじない”いわゆる“お取り次ぎ”をつとめるときは、自ら胸に手を合わせてまず自分自身のそしてお取り次ぎを受ける方の「ご分心の御開運」を祈って、わが手をその方の“額”に近づけて祈り、続いてわが手をその方の“胸”から“下腹”におろしていって祈り込みます。それは奇しくも免疫力を司る所に祈りを込めているわけで、ご神徳を受ける場と一致していることは有り難い極みです。この手順で、自分自身が、自らのご分心の御開運を祈り、「教祖様、宗忠様」と心の中でお呼びかけしながら「おきがけと寝がけ」にわが下腹に祈りを込めつつ二百回、わが手で「の」の字にさすり続けるとき、それは単なるマッサージを越えて大きなご神徳をいただく受け皿づくりとなると確信します。医学の世界では免疫力ですが、祈りを込め、有り難く、感動と感謝をもってつとめるならば、それは無限大のご神徳となってお働き下さるでありましょう。実に私たち人間は、母の胎内でへその緒によって母体と直結していたように、ご分心において天地の親神天照大御神と直結している日止=人であるからです。
 まさに「誠の本体は天照大御神のみ心なり」(御文一四五号)であります。
 「誠」の一字は人の精神性と生命力と、大御神様の御心を一度に表しているまことに尊い言葉です。本教で誠を尊ぶゆえんであります。