告 諭
平成13年2月号掲載
およそ宗教教団にあって、その教祖宗祖の生年、没年、また立教にかかわるいわゆる式年の御祭りは、最も大切にされしかも大々的に執り行われるものであります。
本教にあっても、戦後間もない昭和二十五年の教祖神百年大祭、同三十九年の立教百五十年大祝祭、同五十五年のご降誕二百年大祝祭、そしてこの度平成十二年の教祖神百五十年大祭は、大祭の中の大祭でありましたし、またいずれも新しい時代への出発の御祭りとなりました。
時あたかも新世紀を迎え、世界もわが国も大きく変革しようとしている時に当たり、改めて“告諭”でもって本教教師お道づれ各位に私の願うところを吐露し、皆様方と共に一層、世の人々、国、世界に役立つ宗教活動を展開してまいりたく存じます。
それはなにもこと新しいことではありません。五代様がよく仰せられた「教祖様に帰れ」のひとことに込められたお道の基本の実践につとめ、もってわが国古来の大調和の精神を宣揚することであります。
私たちは昭和四十九年、それまでの百六十年間教団本部であった霊地大元から、壮大なお日の出を求めて今日の神道山に移り上がってまいりました。それはひとえに、昇る朝日を拝んで自らの重病の御身をおかげを受けて本復され、さらにお日の出を拝んで天照大御神とご一体、天命をご直授、立教なった教祖神の大感激の御日拝を求めてでありました。
御日拝、それに伴うお祓いを上げること、御陽気をいただくこと、これこそ本教の基本中の基本で、この日拝修行、お祓い修行、御陽気修行は最も大切という意味から“三大修行”といって昔から尊ばれてまいりました。この三大修行の励行こそお道信仰の基本で、みずからを養い高め自他共に開運してゆくためにも決っしておろそかにしてはならないことであります。
古来、わが国では先祖教ともいえる先祖崇拝の信仰が大切にされてきました。教祖神は、人生の第一歩をご両親に誠を尽くすという親孝行に徹することによって人としてのあるべき姿の範を垂れて下さいましたが、この孝心が深められ高められて天照大御神に誠を尽くすという信仰、しかもお日の出に顕れる天地の親神天照大御神とわが心をひとつにするというお道信仰を確立されました。いわば、わが国伝統の先祖崇拝の信仰を人間の“胴体” にたとえるなら、親孝行という“足腰”と、真の天照大御神信仰という“頭”が一体になったのが黒住教といえましょう。この親、先祖、大御神様と直結するひとすじの孝養の道を、赤木忠春高弟は次のように詠まれました。
親の親その親々をたずぬれば天照します日の大御神
実は、新しい世紀を迎えて改めて痛感したことは、先の世紀の後半は、このような人としてのタテ軸を失ったままの五十年ではなかったかということです。
親と子、先祖と子孫、また先生と生徒、先輩と後輩、さらには天皇陛下と国民という日本人の機軸をなすタテ糸が切られてしまい、それは自国の歴史伝統の喪失という精神的支柱をも弱体化させることになりました。といって横のつながり、ヨコ糸がその分、強くなったわけでもなく、その結果、わが国は実に不安定な人間社会となりました。
この調和を欠いた生き方は、折からの科学技術の急激な進歩とあいまって、物質偏重、科学万能の世の中に一層拍車をかけました。もちろん、恵まれた物質、進んだ科学技術の恩恵に浴する今日の時代の者として、それを否定できるものではありませんが、それらはあくまで生きる上での手立て、手段であって、それ自体が目的でもなければ人生の主体でもないはずです。識者が二十一世紀は心の時代と声を大きくするゆえんも、このバランスを欠いた時代に対する反省から生まれたものでありましょう。
心の時代――それは自他の霊性を尊ぶとともに、自己抑制という心のブレーキと他をおもんぱかるという心のアクセルが求められるということでなくてはならないと思います。
物質中心主義、科学技術盲信が生んだ弊害は、今日、環境問題など地球的規模で、人類生存にもかかわる大きな問題にもなってきていることは周知の通りです。次世代はもとより次々世代子孫のためにも、今日を生きる私たちがどうあるべきかはきびしく問われています。
親孝行、先祖崇拝、大御神様ご一体の教祖神への信仰というひとすじの道の誠をタテ軸にして、人々との調和、あらゆるもの、あらゆる科学技術との調和をヨコ軸に生きることの大切さを訴えることは、日拝の宗教、親孝行の宗教たる本教に課せられた使命であると確信いたします。
実に昭和四十九年の神道山ご遷座を機に始められた「ありがとうございます運動」こそ、この中核をなすものであります。これは、日々感謝の誠を捧げることを通じてみずからに “有り難い”心を養い、もってお互いがひとつ心に、世に奉仕の誠を尽くす本教社会活動のエネルギー源であります。
平成十二年、教祖神百五十年大祭を無事有り難く斎行し終えた本教にとって、次の大きな節目の時は平成二十六年の立教二百年大祝祭であります。
この年、この日に向かって、良識ある宗教活動の充実成長に一層の努力を皆様と共に重ねてゆきたく切望いたします。
誠ごころを養うことをその中心におかれ、神に人にあらゆるものに誠を尽くしきってまさに生き通しの名実ともに教祖の神様になられた教祖宗忠神のご一生を元にして、ここに改めて「五つの誠」の実践を呼びかけさせていただき、共に“道づれ”の名のごとく手をとりあって道の誠を尽くす人の一人でも多からんことを祈るものであります。
平成二十六年、立教二百年を迎える黒住教お道づれ
よりよく生きるための“五つの誠”
一、祈りの誠
一、孝養の誠
一、奉仕の誠
一、感謝の誠
一、反省の誠
