国際紛争に学ぶ
平成16年2月号掲載
今年の元旦放送《山陽放送ラジオ》の教主様のご挨拶(あいさつ)です。
あけましておめでとうございます。まず、皆様のこのひととせのご多幸を心からお祈り申し上げます。あわせて皆様とともに祈りたいことは、国際紛争、テロ事件から家庭内の暴力にいたるまで、人が人を傷つけ殺(あや)めることのない一年であってほしいということであります。
実は、昨年の七月から八月にかけて一週間ほど、紛争の絶えないパレスチナ・イスラエル双方の、争いのために親を失った中学生から高校生の遺児たち七名ずつが招かれて来日していました。これは、京都府の綾部市長四方八洲男氏が中心になって多くの人がとり進めたもので、かねて氏の友人の誼(よしみ)もあって私はその一員に加わっていました。私も綾部に出向いてこの人たちにお会いしたのですが、幼くして悲惨な目にあった人たちにもかかわらず、みんなの一様に明るい笑顔にほっとする反面、そのけなげな姿に胸熱くもなりました。
それにしましても、互いに憎しみ合っても不思議でない子供たちが、まるで十年の知己のように親しく語らい、時にはじゃれあっているような仲むつまじい姿には目を見張りました。聞けば、こうした子供たちを中心に遺族会という名の集いが双方にできていて、憎しみを乗り越えて平和をめざす努力がはげしい争いの影で地道に続けられているということでした。
来日したイスラエル、パレスチナの遺児たちは、ペアを組んで綾部市の市民の御宅にホームステイさせてもらっていましたが、滞在中、綾部市のホールにおいて市民との交流会が開かれました。そこでお目にかかったイスラエルからの引率者のひとことには、また深く感銘しました。ユダヤ教の聖職者のこの人は、「こんなに多くの日本人が私たちのことを心配してくれていることを知って嬉しく思う」と話しました。
それは、四年前の西暦二〇〇〇年を記念して国連本部で開かれた「ミレニアム世界平和サミット」(いわゆる国連宗教サミット)に出席した、南ヨーロッパ・バルカン半島からの十一名の宗教者が異口同音に述べたものと軌を一にしていました。
第一次世界大戦以来、世界の“火薬庫”と危ぶまれ、とりわけ旧ソ連が崩壊してからというもの民族間の争いが絶えず、隣人同士が殺し合うような悲惨な日が続いていたバルカン半島各国からの宗教者の出席は、初めての国連本部での宗教者大会であるだけにぜひとも実現してもらいたいことでした。と申しますのも、日本使節団の世話役を私どもが仰せつかっていましたことから、その出席の費用は日本側で用意させてもらうゆえ出席参加をとり進めてほしいと、会議の担当者に申し出ていました。日本の各宗教者も賛同して下さり、応分のお力添えをいただきましたが、なんとしてもその大半は岡山の実業界の方々のご芳志によるものでした。きびしい経済状況の中にもかかわらず多くの方がご協力下さり、おかげでバルカン半島から、さらに、これまた内乱の続くアフリカのシエラレオネからの宗教者も招くことができました。
四日間の会議の中で数多くの分科会が持たれましたが、バルカン半島問題の会議は、マスコミ関係者も入れず、写真撮影も禁じられ、照明も落とした薄暗い大ホールに満員の宗教者が集まった中で開かれました。コソボやセルビアなど、各地からやって来たローマカトリック教会、ロシア正教会、セルビア正教会、イスラム教と、宗教はもとより民族も異なる十一名の宗教者がまず口を揃えて言ったのが、前述のイスラエルの聖職者の発言と同じ意味のことでした。ロシア正教会の人は、「世界の宗教者がわれわれのことを心配してくれている。しかも希望をもって見つめてくれている。ここで話し合われたことを故郷に帰って皆に話すのが楽しみ」と、しみじみと語りました。この発言には、それぞれが語る現実のきびしさと、彼らがこれまで和平のためにつとめてきた営々たる努力が大変なものであっただけに、集まった世界各国からの宗教者の心をとらえて離さぬものがありました。
こうした話を耳にして改めて思いましたことは、人は病み苦しみ悩むとき、人々から疎外された思いに落ち込み悲しみの渕(ふち)に沈みがちになるもので、それは個人も国も民族もかわらないということでした。
私たちに求められる大切なことは、心を込めてひと声でもかけ、一歩でも足を運んで微力ながらも力になろうとする人間としての誠意でありましょう。このことは、今日の時代に生きる私たちに最も問われているところであるとつくづく思いました。
お互いの日常生活で出会う人、私たちの隣近所に住まう人の中にも、悩み病み孤独にさいなまされている人は数えきれません。どうか皆様、皆様が温かい声をかけ、手をさしのべる一人であっていただきたく心から願い祈ることです。
