世界大和(たいわ)・万民和楽(ばんみんわらく)を希(こいねが)って

平成21年5月号掲載

 本誌別掲の通り、今年の教祖大祭と宗忠神社御神幸(ごしんこう)は、ちょうど満開の桜と実におだやかなお日和(ひより)にも恵まれ、まことに有り難く斎行されました。各地各所からの参拝者、とりわけ“奉仕の誠”を捧(ささ)げられた皆様に、心からの御礼とともに「ご同慶至極」と申し上げたいと思います。御神幸の翌日、岡山はかなり強い雨が朝から降り続いたものですから、なおさらご神慮の尊さに感じ入りました。
 早いもので13年前のことになりますが、平成7年の教祖大祭に参拝して大教殿で記念の法話を行って下さったのが、チベット仏教最高指導者のダライ・ラマ14世法王でした。
 それまでの11年間、法王の日本への入国が叶(かな)えられなかった状況下で、個人有志による「ダライ・ラマ招致委員会」からの要請を「宗教協力実践のとき」と判断して、本教が法王滞日中の身元引受人という責任あるお役を引き受けたのでした。戦後50年という節目に加えて、阪神淡路大震災とオウム真理教(当時)騒動に揺れた大変な時期と重なりましたが、11年ぶりの訪日は意義深く果たされ、それが良き前例となって今では毎年のように日本を訪れておられます。
 仏教ではない黒住教が身元責任役をつとめたことを法王が最も喜ばれ、私は“役得”で、今まで何度もお目にかかる機会を得てきました。法王と会うと必ず開口一番尋ねられるのが“How is your father?”、すなわち「お父様はいかがお過ごしですか?」です。昨年11月に面会した際は、たまたま法王の口元の動きで分かったのですが、私の前に挨拶(あいさつ)したジャーナリストの下村満子氏に“Is his father alive?”(「彼のお父さんはご健在ですか?」)と小声で確認してから、私の方を向いて“Hello Michi! How is your father?”(「ハロー、ミチ。お父様はお元気?」)と尋ねられたのでした。数年ぶりの再会でしたから、万が一の場合を配慮された法王の慈悲深さの表れでした。
 昨年秋、米国議会最高の賞である「ゴールド・メダル」が、ダライ・ラマ14世に贈られました。その授賞式でのこと、ブッシュ大統領とペロシ下院議長の間に着席して何人もの議員からの熱烈な祝辞を受けていた法王は、やがて大統領と議長の手をとると2人の手を重ね合わせて微笑(ほほえ)んだそうです。法王の屈託のない笑顔に誘われるように両者も自然と朗らかな表情になったとき、議場には大きな拍手が沸(わ)き上がりました。“犬猿の…”と伝えられることの多い大統領と議長をも和ませた法王の人柄によって、一堂がまさに超党派で和気藹々(わきあいあい)の雰囲気に包まれたのでした。
 世界中で非暴力の大切を説き、人の心の平安こそが真の平和の源であると訴えるダライ・ラマは、チベット民族の置かれた厳しい現実をすべて把握した上で、仏教の教えを自ら率先垂範して粘り強く実践しておられます。その慈悲深いお心を知っているだけに、現在さらなる悲劇が繰り返されている非常事態ともいえる渦中にある法王の心中を思うと胸が痛みます。ダライ・ラマが切望する「対話を通しての平和的な解決」が1日も早く実現されることを心から祈るものです。
 ここで、私たちが気を付けなければならないことは、国家レベルの政治的な問題と個人レベルの問題とを感情的に混同してはならないことだと思います。たとえ中国の政策に批判的であっても、それは国民に短絡的に向けられるべきではありません。その意味で、あえてこの場で紹介させていただきますが、本誌今年2月号に掲載されましたように、昨年来、私の妻は1人の中国人留学生のために“奉仕の誠”を尽くしています。
 岡山大学の留学生であった呂燕玲さんが交通事故に遭って瀕死(ひんし)の重傷を負ったのは、一昨年の11月のことでした。一命は取り留めたものの、彼女は現在も意識不明のまま倉敷市内の病院に入院しています。「おかやま犯罪被害者サポート・ファミリーズ」というNPO法人でボランティアをしている妻は、急きょ来日して付き添い看護を続ける呂さんの姉を励まし支えるために、日をおかず病院を訪ねてきました。初めての日本で全く言葉も通じない中、献身的に看病を続けるお姉さんに片言の中国語で話し掛けて支援し続ける妻を、私は誇りに思っています。先ごろ、やっと保険が出る運びとなり、呂さんの帰国に向けた手続きが何とか進み始めたところというのが現状です。昨年末、妻は中国在大阪総領事館名の表彰を受けるという栄に浴しましたが、彼女の働きに感謝してくれた多くの在岡山の中国人留学生からの推薦によることを、教主様も心から喜んで下さいました。
 本稿を通じて、私は「誠を尽くす」という本教の基本姿勢を明らかにしておきたいとの思いから、誤解を恐れず喫緊(きっきん)の社会問題に触れさせていただきました。世界大和と万民和楽を祈って今年の御神幸も有り難く執り行われましたが、病み悩み苦しむ世界の人々に真の幸(さちわい)がもたらされることを、ここに改めて心から願い祈り奉(たてまつ)るものです。