「ASEM 異なる信仰間の対話会議」に政府代表として出席させていただいて(2)

平成20年8月号掲載
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 会議初日の6月3日、午後の日程はアムステルダムの宗教事情の現地視察でした。「貧困の削減」がテーマの分科会に出席する私は、プロテスタント教会が実践する路上生活者への食事サービス・プログラムを学習するグループに参加しました。オランダの首都の下町で、無償の奉仕に連日身を捧(ささ)げる人々から直接話を伺い、貧困問題への宗教の貢献の一例を学びました。
 翌4日、主会場には各国の代表者席がコの字型に設(しつら)えられていました。「JAPAN」の前に座る責任の重さを改めて感じつつ、私は席に着きました。
昼食までの全体会議では、主催国オランダと共催国タイの外務大臣による歓迎挨拶(あいさつ)に続いて、中国、スペイン、インドネシア、英国、パキスタン、キプロス、ミャンマー等のASEM担当大使や外務省担当官からの提言が行われました。午後からの分科会のための問題提起でしたから、私は各国の実情を把握すべくメモを取りながら聴いていましたが、実は、黙ってはいられない衝動に駆られた二つの発言がありました。
中国のワン・シュエンASEM大使が、「国内の諸民族・諸宗教は、平和的に共存している」と説明し、「信仰の自由を守ることは中国政府の基本政策」と明言したのです。私は、その場で挙手してチベット問題について質問しようと本気で思いましたが、居並ぶ外交官に先んじて発言することはいかがかと思い、何とか踏みとどまりました。あえて申しますが、残念ながら誰からも中国政府代表への質問や異論発言はありませんでした。釈然としないまま各国の提言を聴き続けましたが、最後に発言したのがミャンマーのトゥン・タン大使でした。仏教僧侶らに対する軍事政権の制裁措置について一切言及せず、サイクロンの被害と支援の協力ばかりを訴える大使の言葉に、私は虚(むな)しさを感じざるを得ませんでした。
「勇気を出して質問すべきだっただろうか・・・」、「政府代表として、発言を慎んだのは正しかったといえるだろうか・・・」全体会議終了後、自問自答しながら昼食会場に赴くと、アジア欧州基金(ASEF)実行委員長のチョー・ウォニル大使のテーブルに空席があったので、ご一緒させていただき、食事中に思い切って尋ねてみました。
「中国政府の発言には、チベット問題が考慮されていなかったようですが・・・」と発言すると、今まで談笑していた同席の人たちからも、「私も、同様の疑問を感じた」、「仏教者に対する政府の対応について何も触れなかったミャンマーの発言も不自然」と、口々に“本音”が飛び出しました。ウォニル大使は困った顔をしながら「公の場で議論するには、まだ時間が必要なんだと思います」とだけ言われました。「そんなことでいいんですか?」と、もっと突っ込んで問うべきだったかもしれませんし、別の機会に発言の主に直接質問することもできたはずですが、結局のところ、その後の“詰め”をせずに私は帰国しました。会議から2ヶ月近くたった今も、実は“消化不良”のままなのですが、政府間レベルの微妙な外交問題に、政府代表の肩書きをもった素人、しかも宗教者が軽々に発言をしなかったのは、私なりに苦慮した上での判断でした。
午後から、いよいよ分科会が始まりました。「貧困の削減」という極めて困難なテーマを選んだのは、「貧困」について宗教者にしか発言できない切り口があると思ったからです。
パネリストの発言や、その後のディスカッション(議論)は到底すべて披露できませんので、挙手して座長の指名を受けて発言した私の提言の要旨を紹介したいと思います。

最初に宗教者として言っておきたいことは、「貧困」そのものが悪ではないということ。現代の地球規模の市場原理と経済システムの影響により、今や世界中で、経済的に恵まれていないことは不幸なことであると誰もが思う時代だが、決してそうではないと考える。事実、慎(つつ)ましやかな日々の生活の中で、現代人が見失いがちな愛と慈しみと誠実さをもって幸せに生きている人々は確かに存在している。
この事実を踏まえた上で、私は「貧困」は二種類に分けて論じられなければならないと思う。
一点目は「極度の貧困」と呼ばれるもの。飢饉(ききん)や災害による飢餓状態も含めて、生命存続の危機に直面している状態の「極度の貧困」に対しては、とても個人レベルで解決できるものではないので、国連やその他の政府機関や大規模NGO等、今まさに失われつつある命を救うために活動している組織・団体に一人でも多くの人が協力して、世界中の善意で解決への行動がなされなければならない。案じ論じるよりも、何はともあれ行動が最優先されるべき「貧困」。
二点目は「貧困感」ともいえる、他者との比較において実感する格差感。あらゆる分野でグローバル化が進み、経済的・物理的な不平等が地球上のいたるところで極めて深刻になっている。「極度の貧困」ほどの極限状態ではないものの、経済的・物理的に恵まれていないことから生じる不幸感や絶望感は、当然個人差や地域差があるが、人の心を荒廃させ追い詰めることに多大な影響を与えている。努力が実を結ぶようなチャンスに恵まれている人は極(ごく)少数で、多くの経済的・物理的に貧しい人々は、個人の力ではどうしようもない弱い立場に置かれている。それが、民族や宗教などの違いで優劣がつけられるといった不条理極まりないことが原因である場合、「窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)む」悲劇が起こらないはずはない。いったん血が流されると、その恨みが次の恨みに連鎖することも、当然の成り行き。私は、一般に「民族紛争」とか「宗教対立」と言われる争いの根本原因は、この「貧困問題」だと考える。
私は人の命は万物の親神の前に平等であると信じている。宇宙の根源ともいえる崇高なる存在をどう表現するかという議論は別にして、それぞれの信仰を元に多くの宗教者が、人の命が本来平等であることに同意してもらえればと期待している。 この考えに基づくと、宗教者の役割は明らか。すなわち、単に金銭的な支援や物質的な援助だけを頼りとせず、いかにして格差感や不平等感を克服させ、心の豊かさと安心を与えることに専心努力するか。かつて来日したマザー・テレサ女史が、「日本人は、物質的には豊かに見えるが、精神的には貧しいのでは・・・」と発言。「貧困」を物質的な側面からだけではなく、精神的な側面から語れるのは宗教者。決して簡単なことではないが、宗派や教団を超えて、「貧困の削減」のために叡智(えいち)を出し合おう。

 私が紹介した具体的な例は、日本古来の「困ったときはお互いさま」の相互扶助の精神と、私の長年の友人であるスリランカのヴィンヤ・アーリヤラトネ氏が、活動創始者である彼の父とともに推進してきた「サルボダヤ運動」と呼ばれる仏教の教えに基づいた経済的自立を促す貧困対策でした。
 分科会は翌5日の午前中も引き続いて行われ、最後は提言文をまとめる作業に専念しました。そして、再び全員が一堂に会した最終全体会議で宣言文の協議がなされ、実質2日間という短さではありましたが、両日ともに終日議論の続いた公式日程は終了しました。
 果たして政府代表、しかも当会議においては初めて出席した日本人宗教者という大役がつとまったかどうか分かりませんが、何はともあれベストを尽くさせていただきました。今秋には、「第7回ASEMサミット」が北京で開催されるとのことですが、各分野での議論の蓄積が諸課題の解決に向けて少しでも役立てられることを願うばかりです。
(おわり)