試筆
あらたまの年のはじめのきょうよりは
 よろずの宝こころまかせに
奉る御歳徳尊神おんとしとくそんしん(御歌三二号)

謹賀新年

 「試筆(始筆)」とは、新年の「書き初め」のことです。年の始めに際して、教祖神が初春の歌として詠じられたもので、その年の福徳を司る「歳徳神」に奉られています。歳徳神は、俗に恵方の神様として知られていて、今日では、節分の日に恵方巻き(切り分けられていない巻き寿司)を恵方(今年は南南東)に向いて食べると良いという、一種の縁起担ぎになっています。かつては、その方角にある神社に参拝して福を授かるといった風習が根付いていました。

  教祖神は、歳徳神に尊敬の意を添える「御」、さらには「尊」を付けて奉っておられます。これは歳徳神を、俗信を越えた天照大御神のおはたらきを現す神として捉え、新年に際して全てのことが改まり、大御神様のご神威のおはたらきも新たになることを喜ばれているものと拝察いたします。

 「あらたまの」は御真筆では「改玉の」と書かれています。この言葉は「年(歳)」にかかる枕詞で、「改」があらたまるという意であるところから、すべてが新しくなり、新年にふさわしいのでよく用いられています。従って上の句は「あらたまった年の始めの今日只今からは」と要約できます。

 下の句の「よろずの宝こころまかせに」の「よろずの宝」とは、金銀財宝といった宝ではなく、世の中の森羅万象を示しておられるとうかがいます。自分にとって都合の良いことも悪いことも全てが宝だと仰っているのです。向こうことみな「おかげ」であり「天命」であると、教祖神はいただかれていたということです。

 今年より、教主様が新たな信心心得「活かし合って取り次ごう! 日拝に始まる日々にちにちの祈り」をお示し下さいましたが、日本人の多くは宗教宗派を問わず〝初日の出〟を拝し、願い事やその年の決意などを祈っています。初日の出の習慣は日本古来のもので、「四方拝」と称される天皇陛下の元旦の儀式が始まりです。

 神道山では、毎朝お日の出の時刻に合わせて教主様斎主のもとに日拝式が執り行われ、その後、日々の祈りがつとめられています。いわば、毎日が初日の出といえます。教祖神は「いつも正月の気で居れ」とご教示下さっていますが、「日拝で始まる日々の祈り」をつとめ、取り次いでまいりましょう。