神のます道の教えを本とせば 若きも老いもなきぞ楽しき(御歌51号)

平成22年9月号掲載

 「江戸時代の身分制度の厳しい中にあっても、人は神の子との立場から、宗忠は常に平等主義を貫きました。宗忠を慕う信者の中には武士もいれば町人や農民もいましたが、説教を聴く時も、祈りを取り次がれる時も、その順番は早く来た者が先でした。神前に向かって深く頭(こうべ)を垂れる時、後ろに座った武士が目の前に座る農民の尻に顔を近付けざるを得ないことさえ、いわば当たり前のことでした。また、男性優位の時代でもありましたが、一杯の番茶を出す自分の妻に対しても恭(うやうや)しく拝んで礼を言ったのが宗忠でした。これらの逸話(いつわ)は、“人格尊重”と言うよりも“神格尊重”とでも言うべき、人の心の中に鎮まる天照大御神の分心に対する敬意を常に教え、実践していた宗忠の普段の姿勢を物語るものです」(黒住宗道著「万国宗教会議バルセロナ大会講演:『誠』の教え-神道による平和への道-」より)

 国際的な場で本教の御教えを紹介する時、海外の人々が最初意外な顔をして驚きの表情を見せ、やがてクスクスと笑い声が出て場が和み、最後に深く頷(うなず)いて納得している様子が伝わってくるのが右の一節です。「人権」とか「平等」という“舶来の思想”が無いに等しかった当時、「人は皆、天照大御神の分心をいただく神の子」という“道の教え”を本として、互いに柏手(かしわで)を打って挨拶(あいさつ)する“拝み合い”が日常的であったことは画期的なことであり、私たちの誇りとする事実です。

 時代は大きく変わりました。“個化”とか“無縁化”と言われる人間関係の希薄化が進む現代社会にあって、ともに教祖様のお導きをいただく“お道づれ”というご神縁に結ばれた“道の仲間”に恵まれていることは実に有り難いことです。ひとりで病み悩み苦しむ周囲の人々に“道の喜び”を伝えて、一人でも多くの方々と信頼の絆(きずな)を深め合えるよう“奉仕の誠”を尽くしてまいりましょう。