天照らす神と人との一心の
手綱ゆるさず乗り給え君(伝御神詠)
「諸教万道の奥義」を伝授していただけるという評判を聞いて多くの人が宗忠神の下を訪ねましたが、一森彦六郎氏もその中の一人でした。一森家は岡山藩御馬役のお家柄で、彦六郎氏も代々伝わる道として早くから馬術の修行に励んでいましたが、もう一歩のところで越えられない壁があり、宗忠神の教えを求めたのでした。その時、宗忠神は「馬にお乗りになさるな!」とだけ仰(おっ)しゃいました。ただ、その一言だけで、氏の心眼がパッと開いて、とっさに馬術最後の一関を突破したのです。
「鞍(あん)上に人なく、鞍下に馬なし」という馬術の格言があるそうですが、乗る人と乗せる馬が一如一体になるという意味で、「馬に乗っている自分を意識して、上手く馬を乗りこなそうとして乗っている限りは、真の達人の境地ではない」という極意を、宗忠神の一言で悟ったのでした。この時に宗忠神が一森氏に詠み与えた御(み)歌と伝っているのが今月の御教えです。
同様に、岡山藩士で剣術指南役の阿部右源治氏へのご指導もたった一言の教えでした。
ある時、九州から来たという武者修行者が阿部氏に手合わせを申し込みました。立ち合ってみるとなかなかの腕前で双方ゆずらず、数日後の再勝負に持ち越されました。阿部氏は、立場上どうしても負けるわけにはいかないと思い悩んだ末に、宗忠神のご指導を受けました。
その時の、たった一言の御言葉が、「阿部殿、勝とうとなさるな!」でした。この御言葉が心魂に徹し、阿部氏は大いに悟るところがあり、心からお礼を申されました。
「なるほど、勝とう勝とうという心でいっぱいであった。負けるわけにはいかぬ。勝たなければ…と、そのことばかりに心がとらわれていた」
数日後、平常心を取り戻した阿部氏が再び立ち合うと、間もなく相手の武芸者は竹刀を投げ捨てて道場にひれ伏し降参して申しました。
「先生、今日(きょう)こそ真のお手の内を拝見しました。恐れ入りました。とても私のおよぶところではありません…。それにしても、先生はお人が悪い。先日は本当の腕前をお見せにならず、私をあしらわれるとは…」
二人の武士(もののふ)は、笑顔で敬意を表し合ったのでした。