有り難きことのみ思え人はただ
きょうのとうとき今の心の(御文一四七号)

 大変な親孝行であった教祖神は、文化九年(一八一二)、わずか一週間のうちにご両親を流行病(赤痢かチフスの類い)で失われました。その悲しみのあまり、心を陰気に閉ざした教祖神は当時、不治の病と恐れられていた労咳(肺結核)を患って死の淵に陥られたのです。そして文化十一年一月十九日(旧暦)、今生の別れにと御日拝をつとめられました。(第一次の御日拝)

 この時、教祖神は大きな間違いに気付かれました。「両親の死を悲しみ、心を痛め陰気になり、取り返しのつかない大病になってしまった。知らず知らずのうちに一番の親不孝をしていた。ああ、自分は間違っていた。せめて心だけでも両親に安んじていただけるように、陽気(元気)に立ち戻らねば」と猛省されたのです。

 そして、陰から陽へと心が大転換した教祖神は、
天照大御神様に生かされて生きていることを心から有り難くいただかれるようになったのです。それからというもの、病の苦しみの中にも一息一息に感謝しつつ、明るく陽気な心を大切にしながら日を重ねられました。いわば、〝ありがとうなる〟ことに努めた教祖神のご病状は日に日に良くなっていき、わずか二カ月後の三月十九日(旧暦)、感謝と感激の御日拝の中に本復のおかげを受けられたのです(第二次の御日拝)。まさに今月の御歌は、この血のにじむようなご体験から生まれた御教えといえます。

 起死回生のおかげを受けた教祖神は、文化十一年十一月十一日(旧暦、冬至の日)の御日拝において、旭日の光り輝く日の塊を呑み込んで、大御神様と全く一つ(神人一体)の境地に立つ、「天命直授」とお称えしている宗教的神秘体験(この時を「立教のとき」としている)を得られたのです。

 なお、この御歌は「人はただ」から読み始め、「今の心の」に続いて「有り難きことのみ思え」と第一句に返って読むと、意味が分かりやすいといわれてきています。また、この御文一四七号には「かねがね申し上げ候通り、わが本心は天照大御神の分心なれば、心の神を大事につかまつり候えばこれぞまことの心なり」とあります。「人は、大御神様のご分心をいただく神の子」との御教えを明確にお示し下さった御文です。