身も我も心もすてて天つちの
たったひとつの誠ばかりに(御文一四五号)
御文一四五号の一節「誠は丸事にて、すぐに一心一体なり」の御教えを、昨年の一月号の本欄において学びましたが、教祖神は「誠は丸事(○事)で、すぐに天照大御神と一心一体です」とご教示下さっています。
人間が生まれながらに備えている本体は、大御神様の御心で、私たちはその大御神様のご分心(わけみたま)をいただく神の子です。昨年と本年の修行目標に示されている「“まること”の丸い心(調和)と丸いはたらき(循環)」、そして生々発展の活力(広がり)の源である、大御神様のご神徳は目の前に満ち満ちていると同時に、私たちの心の中の心(ご分心)として鎮まっているのです。
このことは、頭では理解できるのですが、得てして“臆病と疑い”が起こってきます。「果たしてご神徳はあるのか」「ご神徳をいただくことができるのか」といった疑いの心が湧いてきがちです。そこでこの御歌に託して、一切の我欲を捨て切って我を離れ、天地の誠と一体になる大事を御教え下さっています。
教祖神はこの御歌の意味を「誠の本体は、天照大御神の御心です。その有り難いことを一筋に思い、万事お任せ申し上げ、これで何事も心配はないと疑いを離れますと、すぐにおかげは目の前に現れるはずです」と仰せになっています。
本誌において、折にふれてご紹介してきていますように、日露戦争の日本海海戦(明治三十八年〈一九〇五〉五月二十七日、二十八日)において、当時無敵といわれたロシアのバルチック艦隊を対馬海峡で撃破した日本連合艦隊の東郷平八郎司令長官(後に元帥)は、旗艦三笠の艦上で飛んで来る砲弾をものともせず、この御歌を吟じ続けていたと伝えられています。なお、東郷元帥の揮毫による「宗忠神社」の掛け軸(大元・宗忠神社の社名碑となっている)が黒住教宝物館に常設展示されていますので、ぜひご拝観下さい。
なお、同年の十一月一日にご誕生になったのが五代宗和教主様で、平和への願いが込められたお名前であることが拝察されます。ご命日は、昭和四十八年(一九七三)五月十三日で、今年はご昇天から四十八年となります。