天地の道に迷わぬ心こそ
          生まれず死なぬ心なりけれ(御歌二八号)

 「黒門(こくもん、黒住門人)の女流三傑」の一人と称(たた)えられた星島宮子刀自(とじ、婦人に贈られる尊称)の信心は、宗忠神を徹底して尊崇敬慕し、信じて任せ切られた、純粋一途な誠の心そのものでした。

 象徴的な二編の“宗忠神話”があります。

 一つは、刀自がかつて深刻な病に罹(かか)り危篤状態にまで陥られた際、突然見舞いに来られた宗忠神の「黒住左京でござる!」のお声が聞こえるや否や、病床からむっくり起き上がって玄関まで走り行き、「有り難うございます…」の一言ばかりで、後はじっと頭(こうべ)を下げて宗忠神をお迎えして、「あなたは大病と聞きましたのに…」というお言葉で初めて我に返って、「あっ? あぁ!有り難うございます!」と、皆あきれるばかりで、そのまま病は回復に向かい、日ならずして全快したというものです。

 もう一つは、後に本教教学の確立に偉大な功績を遺された令息の星島良平高弟が、幼い頃に肺結核を患って医者から「ひと月ももたない」と宣告された時の話です。

 「そろそろおかげをいただかそう」と思い立つと、20キロの道のりを重病の息子を歩かせて宗忠神の御宅まで連れて行き、「せがれがだいぶ悪くなりましたので、おかげを受けさせようと思い参りました」とご挨拶(あいさつ)をしただけで、御祈念を受けるわけでもなく、また宗忠神も「ああ、そうか」と仰(おっ)しゃっただけで直禁厭(じきまじない)をなさるわけでもなく、そのまま御宅に滞在して数日たったある日、突然ひどい苦しみに襲われて便所で体中の悪いものを全部出してしまい、急に食欲を感じたのを境に快方に向かい、やがて完治されたというものです。

 「信心とは、信ずる心、信(まか)す心、信(まこと)の心」の御(み)教えに徹せられた星島宮子刀自、星島良平高弟母子の、尋常ならざる揺るぎない信仰心の力を学ばせていただきました。

 なお、母堂の純粋且(か)つひたむきな信心のもと、幼い頃より宗忠神から「牧さん(幼名・牧三郎)」と呼ばれて可愛(かわい)がられ、「お道も追々盛んになると、これを書物にして伝える人が出るだろうが、牧さんなどがその人の中かもしれない」という宗忠神のお言葉を自らの使命と心得られた高弟は、『教祖宗忠神御小伝(ごしょうでん)』、『道の栞(しおり)三十カ条』、『百二十言』、『誠の心伝(こころづて)』等の数々の著作を通して、本教教学の確立に多大な功績を遺されたのです。