教祖様、大還暦おめでとうございます!
教主 黒住宗道

 世界中が新型コロナウイルスに席巻された今年も師走を迎えました。大変な一年になったことは疑う余地もありませんが、少なくとも私たち黒住教の教徒・信徒にあっては、今年を「コロナ禍の年」だけで締めくくる訳にはまいりません。今年の干支は、「変化と新たな出発」といわれる庚子。同じ庚子であった安永九年(一七八〇)十一月二十六日(旧暦)の冬至の朝に宗忠様がご降誕なって四度目の還暦に当たる、まさに芽出度い年です。そして、申し上げるまでもなく令和として新年を迎えた初めての年であり、さらには、新天皇陛下が還暦をお迎えになった年です。

 「今上陛下は庚子年であらせられた…」と、その事実を知った時の感動が蘇ってきます。

 冬の到来とともに勢いを増すコロナ禍中に決して能天気なことを言ってはなりませんが、「難有有難」と「追われし鬼を福にみちびく」の御教えを自らに言い聞かせながら、天照大御神ご一体の教祖宗忠神にお守りお導きいただいて、「コロナ下なればこそ」の日々を心丈夫に過ごしてまいりましょう。

 ご存じの方も多いことですが、宗忠様がご降誕になった安永九年十一月二十六日(旧暦)は、庚子の年の戊子の月の庚子の日でした。「丑三つ時」とか「辰巳の方角」とか、時刻も方角方位も、もちろん月も日も干支が日常的に用いられていた江戸時代に、その最初である子の年の子の月の子の日で、「一陽来復」・「陰極まって陽に転じる日」という新たな始まりである「冬至」の日の出の時刻に誕生された事実を、“偶然の産物”とはとても思えません。冬至大祭で「綾に畏き天照大御神の大御神慮もて吾教祖大神を生誕しめ給いて(後略)」と祝詞奏上しますように、私たち黒住教の道づれは、万物の親神たる天照大御神の尊きご神慮(おはからい)によって教祖宗忠神はこの世に誕生なさったと確信しています。

 その上での、文化十一年(一八一四)十一月十一日(旧暦)の冬至の朝のご立教(天命直授)です。さらに、先の立教二百年の当日であった平成二十六年(二〇一四)十二月二十二日は、暦の情報が二重三重に更新される「朔旦冬至」という、今回は十九年七カ月ぶりの特別の冬至であったことが判明し、この上ない大きな感激とともに立教三世紀を迎えている私たちです。不安が募る一方のコロナ下の年の瀬に、宗忠様の大還暦のお誕生日を祝うことができる有り難さを存分に噛みしめながら、全てのお道づれが一層強く固く教祖神とのご神縁に結ばれて、確実に守られ導かれますようにと、ひたすら祈り願う毎日です。

 このように事改めて申しますのも、いま私は明年の歳旦祭で祈りを込めさせていただく「新春特別御祈念」を染筆している真っ只中だからです。記入方法が改善されたこともあるでしょうが、やはりコロナ下の不安からでしょう、例年に増して多くの方々からの申し込みを受けて、“ステイホーム”期間中以上の“巣ごもり”状態で、お一人お一人の願意を拝むように読んで、そして全神経を集中して筆を執っています。ご神徳を取り次ぐのは歳旦祭の祭典中ですが、すでに“祈りの誠”はしっかりと尽くし込めさせていただいています。とりわけ、備考欄に書かれたメッセージを目にする度に実感するのが、私(教主)を通して教祖宗忠神に願いを託される方々の“信仰心の強さ”です。教主としての使命と責任の重さをあらためて肝に銘じるとともに、一信仰者として教祖宗忠神という、信じて任せ委ね切ることのできる尊きご存在をいただく有り難さを、お道づれから教えられています。

 件数が件数なだけに十月の初めから“新春御祈念態勢”に入るのですが、お申し込みの中には傷病平癒を願う方や手術や治療の無事安全良好を祈る方、また安産祈願の方などもいらっしゃいます。筆を執った時から御祈念は始まっているとは申せ、すぐに「日の御蔭(おかげ)」を受けてもらいたい方々を数カ月先の新年まで放っておくわけにはまいりません。新春御祈念とは別に、翌朝の御日拝にて心中で祈りを込めた「禁厭(御祈念札)」を直ちに送り届けるようにしています。突然に禁厭が届いた方は驚かれますが、お道づれ一人ひとりをわが愛し子のように大きな親心で守り祈り続けられた六代様を手本にしているので、教主として当然の姿だと思っています。実は、毎週末のように出張が続いていた昨年までとは異なり、今年三月に上京して以来外泊する用事もなく、一日も欠かさず神道山で御日拝を続けられています。来年正月の伊勢参宮は前泊しなければなりませんが、一年を通じて神道山での御日拝のおかげをここまで連日でいただけるのは、私自身初めてです。いわば“コロナのおかげ”で、毎朝存分に御陽気を下腹に納めて天地とともに気を養い、病み悩み苦しむ方々の本復成就を天照大御神ご一体の教祖宗忠神に祈り取り次がせていただけることは、教主として有り難い極みです。

 十二年前の平成二十年(二〇〇八)二月号の本誌「神道山からの風便り」で、いよいよ 「立教二百年大祝祭」に向けて歩み始める時との思いを込めて、当時副教主であった私が発表させていただいた発句があります。

 「子は値の根 値打ちを決める 第一歩」

 新たな御代の幕開けとともに遭遇するコロナ禍中に、教祖神の大還暦を寿ぐことができるのは間違いなく有り難いご神慮です。“ウイズコロナ”といわれるコロナ下の日々こそ、私たちにあっては“ウイズ教祖様”の心で教祖宗忠神をしっかりといただいて、無事安全に元気に生き抜いてまいりましょう。