平成最終年 ─新たな御代(みよ)の始まりの年─
教主 黒住宗道

平成31年2月号掲載

 平成の御代最終年を迎えました。まことに光栄の至りですが、私は黒住教教主として昨年11月27日に設立された天皇陛下御即位30年奉祝委員会の代表委員の一人に任命され、今月24日に斎行される政府主催による天皇陛下御在位30年記念式典に、安倍普三首相名による案内状をいただき参上いたします。まずは、天皇皇后両陛下へのお祝いと感謝の言葉を、依頼を受けて執筆した「奉祝文」を掲載します。

 親様をいただく有り難さ

 天皇皇后両陛下御即位30年を奉祝し、衷心より感謝の言葉を申し上げます。
 「よく生きていてくれました…」
 この御言葉を拝聴したのは、東日本大震災の被災者に対して跪(ひざま)ずいて御声を掛けられる天皇陛下、皇后陛下の御姿をテレビで拝見した時でした。たまたまマイクロフォンが拾ったその玉声に接して、「親様をいただく有り難さ」に感涙を禁じ得ませんでした。

 阪神淡路大震災の被災地をはじめ、東日本の各被災地域、また熊本の激震地、そして西日本豪雨に襲われた各地とりわけ地元真備町に、私は居ても立ってもいられぬ思いで何度も駆けつけ、苦しむ人々に常に心を寄せ続ける宗教者でありたいと只々つとめてまいりました。そこでいつも痛切に感じたのが、お見舞いと激励の一言の重みであっただけに、親以外から発せられることのない「よく生きていてくれました」の御一言に、「大御心はすなわち親心」であることを、改めて深い感動とともに確信させていただきました。

 「皇室は祈りでありたい」との
皇后陛下の尊い御言葉で広く知られるように、まさに日夜欠かすことなく私たち日本国民のことを祈り続けて下さっている
天皇皇后両陛下をいただく有り難さを、一体どのように表現すればよいのでしょう…。忝(かたじけな)さに胸震える国民も、空気や水のごとき存在としか思っていない国民も、また勝手に意見する国民も、皆悉(ことごと)く大きな親心で守られ祈られてきた30年でした。大激動の時代に御在位いただいた
昭和天皇陛下の御心を全て受け継がれて、先の大戦で身失せし御霊安かれとの祈りと平成の御代の安寧を全身全霊でお祈りいただき、この度大御心の随(まにま)に御譲位なさる
今上陛下に、この上なき有り難さを申し上げる以外言葉はありません。

 改めて
天皇陛下、皇后陛下、有り難うございました。
御聖寿の萬歳と皇室の御弥栄を心よりお祈り申し上げます。

           ○                ○

 本年5月1日の天皇陛下の践祚(せんそ)を全国民が存じ上げているという“有ること難い”年を、私たち自身の節目の一年として位置づけさせていただくべく、本教にとっての今年という年についてお話しいたします。

 立教二百年大祝祭を中心とした“祭り年”を終えた平成28年(2016)から、「よりよく生きるための“五つの誠”」の各徳目が2年ごとに「修行目標」として掲げられることになり、まずは「祈りは日乗り 日拝と日々の祈りにつとめよう」との呼び掛けの下に、信仰生活の基本である〈祈りの誠〉の推進から“サン世紀”は本格的に幕を開けました。その2年目に教主に就任した私は、〈孝養の誠〉に基づく教主として初めて提示する「修行目標」を、「暮らしの基本に“敬神崇祖”」と定めました。そこで、祈りと孝養という“縦軸”の四年間の締め括(くく)りである今年は、離れて暮らす次世代・次々世代の各家庭にまで“手を合わす場所(御神前と霊舎)”が設(しつら)えられていることを徹底する年にしていただきたいと念願します。

 一方、今年は早くも5年後に近づいてきた「神道山ご遷座五十年」に向けたスタートの年でもあります。私は、一昨年の教主就任に際して「告諭」とともに発表した「三世紀は参世紀『さあ参ろう! 人が人よぶ参世紀』」と題した「示達」の中で、「いよいよ半世紀を迎える“お日の出の郷(さと)・神道山”での御日拝の有り難さを一人でも多くの方に知らせて、参拝を呼び掛けましょう」と提唱しました。それは、ご遷座五十年までに、団体参拝をはじめ家族参拝や個人参拝など自由な方法で、まだ神道山での御日拝を体験していない家族や親族、友人・知人を誘ってお参りして、まさに“日の御蔭(みかげ)”を取り次いでいただいた上で、「あの神道山に、また参ろう!」と、ご遷座五十年記念祝祭当日参拝のおかげを受けていただきたいとの思いからの呼び掛けでした。そこで、いよいよ来年からの〈奉仕の誠〉と〈感謝の誠〉を柱とする「修行目標」を掲げる4年間を、私は「お道づれ総参り」推進の期間と位置づけて、これまで以上に神道山への参拝が大きく展開されるように、この一年をかけて教団当局と幹部方でしっかりとした計画と準備を進めてもらいたいと願っています。

 とりわけ明年は庚子(かのえね)という、教祖宗忠神ご降誕二百四十年、すなわち4回目の還暦に当たる年になります。「教祖様、大還暦おめでとうございます!」の奉祝慶賀の熱い心がうねりとなって、神道山への総参りが実現されることを期待しています。

 個人的には、昭和63年(1988)7月に2年間の英国留学を終えて帰国した翌年が平成元年でしたから、平成の時代は私自身にとっても黒住教第七代教主として立つための掛け替えのない修養・研鑽(けんさん)の期間でした。教嗣・副教主として、不十分ながらも修行の日々を重ねさせていただき、“祭り年”を終えたばかりの平成28年(2016)正月半ばに、突然父から「教主継承」の話を伺い、まさに青天の霹靂(へきれき)で再度聞き直したのが、私にとって新しい時代へのスタートの時でした。まさか、その年に天皇陛下の御譲位が発表されるとは知る由もなく、比べるべくもないおおけないことですが、新たな御代とともに教主としてのつとめを果たさせていただくご神慮を畏(かしこ)み奉(まつ)ったことです。

 学生時代に「竹有上下節(竹の上下に節あり)」という言葉を知り、折に触れて自らの意識と行動の推進力にしてきましたが、竹が節から一気に伸びるように、そして新たな節の勢いは前の節を礎(いしずえ)として発揮されるように、さらには節々の大元を辿(たど)れば根っこに行きつくように、今年という大きな節目に際して、私たちにあっては「敬神崇祖」を心根として、“日の御徳”を猪突の勢いで、ともに活(い)かし合って取り次いでまいりたいものと願っています。