黒住教くろずみきょうは、備前岡山藩の守護神社・今村宮の神官であった黒住宗忠くろずみむねただ(1780~1850)が、江戸時代(文化11年11月11日・西暦1814年)に開いた教派神道です。幕末三大新宗教に数えられ、神道十三派の草分けです。 死を覚悟するほどの病を克服した宗忠が、満34歳の誕生日であった冬至の日に、昇る朝日を拝む「日拝にっぱい」の最中に天啓を得て、天照大御神あまてらすおおみかみと一体になるという「天命直授てんめいじきじゅ」の宗教的体験をして立教しました。その教えは、一切万物すべての親神が天照大御神で、その尊いはたらきの中であらゆるものが存在し、人は天照大御神の「ぶんしん」をいただいた神の子であるという世界観です。

下記のコンテンツでは黒住教の教えや歴史など、黒住教についてより詳細な情報を提供しています。

黒住教は、江戸時代後期の文化11年(1814年)に教祖神・黒住宗忠が立教した神道教団です。岡山県岡山市の尾上神道山を本部とし、立教以来200年以上にわたって、毎朝の日の出を拝む「日拝」を通して、世界の平和と人類の幸せを祈り、その教えを伝えてまいりました。

黒住教を立教した教祖神・黒住宗忠について知ることができます。文化11年(1814年)11月11日(旧暦)、宗忠が冬至の朝日に祈りを捧げているときに体験した、天照大御神と一体になる「天命直授」が黒住教立教のときです。以来、世の中の苦しむ人や助けを求める人のために祈り、教えを説き伝えて、多くの人々から「生き神」と称えられました。宗忠の遺志は、今もなお受け継がれ、全国へと広がっています。

教祖神・黒住宗忠の名代として、現在の6代教主を黒住宗晴、副教主を黒住宗道がつとめています。また、黒住教の機関誌である『日新』に掲載している、教主と副教主による「道ごころ」「神道山からの風便り」「御教えをいただく」などのコラムも随時更新しています。

黒住教の歴史をご覧いただけます。江戸時代から200年以上の時を越え、今日に至るまでの出来事を振り返ることができます。

黒住教本部は霊地・神道山(岡山市北区尾上)にあります。瀬戸内海を見渡すことができる山上に「日拝所」があり、日の出を迎え拝む「日拝式」が毎朝欠かさず執り行われています。教祖神・宗忠の生誕の地であり立教の地でもある霊地・大元(岡山市北区上中野)には、明治18年(1885年)建立の宗忠神社があります。また、霊地・神楽岡(京都市左京区)にも、孝明天皇によって勅願所に定められた文久2年(1862年)建立の宗忠神社があります。

黒住教はその教えを伝え広めるだけでなく、多岐にわたる様々な活動を行っています。祈りと奉仕に誠を尽くすことを重んじる黒住教は、世のため人のために献身することが本来の“宗教活動”であると心得ています。

全国にある教会所や分社、関連団体を紹介します。黒住教についてさらに詳しく知りたい方は、ぜひお近くの教会所・分社へお立ち寄りください。